誠実交渉義務とは、労働組合からの団体交渉の要求に対して、誠意をもって対応しなければならないという義務のことです。
団体交渉の申入れがあったときは拒否することが団体交渉拒否の不当労働行為として許されません。それだけでなく、形式上団体交渉には応じていたとしても、その対応方法に誠意がないとき、誠実交渉義務違反となってしまい、会社側の責任を追及されるおそれがあります。
今回の解説では、使用者側の団体交渉への対応で注意しておきたい誠実交渉義務の基本的な内容と、誠実交渉義務違反となってしまわないために会社が注意しておきたい点を解説します。
- 誠実交渉義務とは、説明を尽くし合意形成に向けた努力をすること
- 誠実交渉義務に違反すると、不当労働行為となってしまうリスク
- 誠実交渉義務があるからといって、労働組合の要求を受け入れなければならないわけではないことに注意
なお、団体交渉対応について深く知りたい方は、次のまとめ解説をご覧ください。
まとめ 団体交渉の対応を弁護士に依頼するメリット・依頼の流れと、弁護士費用
まとめ 団体交渉の対応手順
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誠実交渉義務とは
使用者の誠実交渉義務とは、労働組合との団体交渉に対して、誠実に応じるべき使用者側の義務のことです。団体交渉は、労働者が団結して組合をつくり、会社と交渉する手法です。「交渉」とは、つまり「団体交渉」を意味するため、「誠実団交義務」と呼ぶこともあります。
最近では、合同労組(ユニオン)により、ある労働者に関する労働問題について個別労使紛争の解決手段として利用されることが多いです。
誠実交渉義務について、法律上の根拠は、労働組合法7条2号で「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」が不当労働行為とされている点にあります。
この条文を文字どおり読めば、団体交渉を「拒否」することを不当労働行為として禁止する条文ですが、「拒否」までしなくても、誠実に交渉しなければ同じことと考えられますから、会社が誠実交渉義務を負う根拠とされています。
形式的には団体交渉が行われていても、実質は交渉がされていなければ無意味であり、労働組合に保障された権利が無価値なものとなってしまうからです。労働組合には憲法上、団体交渉権が保障されているため、使用者はこれに配慮し、誠実な交渉を尽くさなければなりません。
なお、団体交渉で議題となるのは、広く労働者の労働条件に関することであればどのような点でも協議の対象となります。ただし、純粋に政治的な事項や、経営三権に関わることなど、団体交渉の議題としてふさわしくない議題に関する交渉は断ることができます。このように会社が応じなければならない議題を「義務的団交事項」といいます。
誠実交渉義務違反にならないための対応
次に、誠実交渉義務違反になってしまわないための使用者側の適切な対応について解説します。
誠実交渉義務の判断基準を理解する
誠実交渉義務違反にならないよう気をつけるためには、「誠実交渉義務にあたるかどうか」の判断基準を知る必要があります。特に「誠実」という言葉は抽象的であり、どのような態様が誠実(もしくは不誠実)なのかを判断するのはとても難しいことです。
一般的なコミュニケーショでも、人によって「誠実」と感じるかどうかは異なります。ましてや、団体交渉の場では、会社側としては誠実に対応していたつもりが、組合側から「誠意がない」と指摘を受けることはよくあります。そのため、判断基準をよく理解しておかなければ、組合の言い分に流されてしまうおそれがあります。
具体的には、次の点が誠実交渉義務の判断基準となります。
- 労働組合の主張に対して、会社が反論し、かつ、その具体的な根拠を示している
- 会社側の反論を理解するのに必要な資料を開示している
- 労働組合の要求を受け入れないときには、その理由をきちんと示している
なお、上記基準の3つ目にあるとおり、使用者は、組合の要求、主張、意見を受け入れないときには「説明する義務を果たす」必要があるにとどまるのであって、決して、組合の要求等に応じなければならないわけではありません。合同労組(ユニオン)からの団体交渉申入れでは、「組合の要求を受け入れること=誠意」という文脈で誠実交渉義務が語られることすらあります。この点は、誠実交渉義務を語る際によくある勘違いですから、十分注意が必要です。
基準について具体的ケースに応じて客観的に判断するためには、次章で解説する裁判例もご参照ください。
団体交渉の基本的なルールを知る
誠実な交渉といえるためには、団体交渉の基本的なルールを知っておく必要があります。団体交渉は、労使の話し合いのなかでも特殊なケースです。「団体交渉とはこのようなものだ」ということについて、初めての経験ではわからないことも多いのではないでしょうか。
団体交渉の基本的なルールについて、わかりやすくまとめると次のとおりです。
- 交渉相手となる労働組合について
合同労組(ユニオン)等の社外の労働組合でも、交渉には応じる必要がある - 会社側の参加者について
社長(法人代表者)の出席は必須ではないが、一定の決定権を持つ人物が出席する必要がある - 弁護士の参加・同席について
団体交渉の当事者は会社だが、交渉権の委譲を受けたとき、弁護士も参加・同席し、アドバイスできる - 団体交渉の日時について
団体交渉の日時は労使の事前評議で定めることが通常であり、業務時間外に2時間程度とするのが実務です。 - 団体交渉の場所について
団体交渉の場所も同様に労使の事前評議で決めます。社外の貸し会議室等を会社の費用負担で借りるのが実務です。
組合側から暴言、怒号、威圧的な発言があることもあり、「組合側も誠意がないのではないか」と感じることもあります。しかし、それだけで打ち切って良いケースと判断できるかどうかは個別の事例によるため、慎重な対応を要します。
反論の具体的根拠を示す
誠実な交渉といえるためには、「議論」をしなければなりません。そのため、組合側の要求は到底受け入れがたいと感じることが多いでしょうが、単に断るだけでなく、反論をしっかりして、その具体的根拠を示すことが大切です。
組合側でも譲歩が可能なときには、会社の反論に対して再反論したり、譲歩して合意形成を目指したりすることができるかもしれません。そのような可能性をはじめから否定してしまい、反論について全く根拠を示さないような態度では、誠実な交渉にはならず、誠実交渉義務を果たしているとはいえません。
なお、このことは労働組合の要求を受け入れなければならないことを示すわけではありません。
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必要な資料を開示する
会社側の反論をわかりやすく説明し、組合に理解してもらうために、資料の開示が必要となることがあります。このとき、説明に必要となる資料を開示しないこともまた、誠実交渉義務違反となるおそれがあります。
ただし、会社の扱う資料のなかには社外に公開できないものも多いのは当然ですから、労働組合から要求があったからといって全ての資料を開示しなければならないわけではありません。次のような資料については、開示を拒否したからといって、直ちに不当労働行為とはなりません。
- 団体交渉の議題と関係しない資料
- 経営判断に関する資料(社員の労働条件に関係しない資料)
- 他社との間で秘密保持義務を負っている資料
なお、上記のものにあたり開示を拒否するときでも、資料を見せられない理由をしっかり説明し、組合の理解を求めるよう対応しなければ、その資料開示拒否の態様が誠実交渉義務違反だといわれてしまいます。
具体的な解決策を示す
もし組合側の要求が受け入れがたいものだったとしても、反論と説明をきちんとするとともに、使用者側からも具体的な解決策を示すようにすることが、誠実な交渉といえます。交渉とは双方の譲歩によって成り立つものであり、組合側が一切譲歩しないとしても、会社側としては一定の解決策・譲歩案を示しておくべきだからです(組合が受け入れない場合でも、このようにいえます)。
早期解決のため、譲歩できる部分については思い切って譲歩したほうがよいケースもあります。
団体交渉は、何度かの交渉を経てもなお議論が進まないときには打ち切ることができますが、1,2回の交渉しか行わなかったり、単に組合の要求を聞いているだけで具体的な解決策も示さずに打ち切ってしまったりするとき、誠実交渉義務に違反しているといわざるをえません。
要求を受け入れない理由を示す
ここまで説明してきたとおり、使用者側で、反論し、その根拠を示し、資料を開示して対応していても、団体交渉では合意に至らないことがあります。団体交渉で誠実に交渉する義務があるものの、労働組合の要求に応じなければならないわけではないので、最終的に合意形成ができなければ、団体交渉を打ち切ることとなります。
このとき、要求を受け入れないとしても、その理由も組合側にきちんと説明しておかなければ、誠実交渉義務を果たしたとはいえません。また、仮に誠実に交渉していたとしても、団体交渉の打ち切り方に配慮が足りていないと、結局は労働委員会に不当労働行為救済申立てをされ、争いが継続してしまいます。
誠実交渉義務についての裁判例
誠実交渉義務違反となるかどうかの判断基準を知り、適切に対応することが重要であると前章で解説しました。
互いに求める誠実さが異なってしまうとき、客観的な判断基準としては裁判例を参考にすべきです。組合からどれほど「誠意がない」と強い指摘を受けたとしても、裁判例にしたがった正しい対応を徹底していれば恐れる必要はないからです。
なお、誠実交渉義務に関する争いは、労働委員会や裁判所で審理されます。不当労働行為といわれてしまわないためには証拠が重要です。そのため、団体交渉申入れに対して誠意をもって応じていることを証明できるよう、録音の準備をし、記録化しておくことが大切です。
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誠実交渉義務違反と判断した裁判例
誠実交渉義務違反と判断した裁判例には、次のものがあります。
カール・ツアイス事件(東京地裁平成元年9月22日判決)
カール・ツアイス事件(東京地裁平成元年9月22日判決)では、裁判所は、誠実交渉義務について次のように述べ、使用者側に、誠実交渉義務違反の違法があると判断しました。
使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないときも、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務がある
カール・ツアイス事件(東京地裁平成元年9月22日判決)
この裁判例では、労働組合からの申入れについて「解決済である」という態度に終始して具体的な説明をしなかったり、人事に関する要求を拒否するにあたり人事異動は会社の権利であるというのみにとどまったりといった交渉態度について、誠実交渉義務に違反していると判断しました。
このように、要求には応じないとか、交渉議題として適切でないといった事情があるにしても、きちんと説明を尽さなければ不当労働行為と判断されるおそれがあります。
東北測量事件(最高裁平成6年6月13日判決)
東北測量事件(最高裁平成6年6月13日判決)では、賃上げに関する関する不誠実団交、組合と未競技のまま希望退職者を募集したり解雇したりしたことに関する争いで、救済命令に対し、会社が訴訟で最高裁まで争ったが、棄却されてしまったケースです。
本裁判例では、団体交渉で、賃上げを拒否するにあたって会社が経理資料等を開示せず、組合の弱体化を目指して解雇等にいたったことについて不当労働行為と判断しています。
中労委(日本アイ・ビー・エム)事件(東京地裁平成14年2月27日判決)
中労委(日本アイ・ビー・エム)事件(東京地裁平成14年2月27日判決)では、次のとおり述べて、誠実交渉義務に違反する不当労働行為があったと判断しました。
労働組合法7条2号は、使用者が、雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているが、同号は、労使間の円滑な団体交渉関係の樹立を目的として規定されたものであるから、使用者には、労働者の代表者と誠実に団体交渉にあたる義務があり、この義務に違反したと認められる場合も、団体交渉の拒否として不当労働行為となると解するのが相当である。
中労委(日本アイ・ビー・エム)事件(東京地裁平成14年2月27日判決)
その上で、誠実交渉義務を果たしたかどうかについて、次の基準で判断することを示しました。
- 労働組合の合意を求める努力の有無・程度
- 要求の具体性や追及の程度
- これに応じた使用者側の回答又は反論の提示の有無・程度
- 回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度
- 必要な資料の提示の有無・程度
これらの判断基準をもとに、使用者が合意達成を模索して努力したかどうかが、誠実交渉義務違反となるかどうかの判断に影響するとしました。
誠実交渉義務に違反しないと判断した裁判例
一方で、団体交渉を打ち切ったケースのなかには、誠実交渉義務に違反しないと判断した裁判例もあります。
寿建築研究所救済命令取消請求事件(最高裁昭和53年11月24日判決)
寿建築研究所救済命令取消請求事件(最高裁昭和53年11月24日判決)では、団体交渉が平行線となり決裂したときに、その後団体交渉が開催されることなく1年半経過した後になされた団体交渉申入れに対する拒否について、不当労働行為には当たらないと判断しました。第一審にて上記内容の判断がなされ、控訴、上告いずれも棄却されました。
誠実交渉義務違反は、不当労働行為となる
以上のとおり、組合側の要求が一見不当なものであるように感じることも多いでしょうが、議論もせずにはねのけてしまうことを労働組合法は禁止しています。そのため、誠実交渉義務違反の対応をしてしまい、実質的な議論を尽くしていないと、不当労働行為として違法と評価されてしまいます。
不当労働行為とは、労働組合法7条に定められた不利益取扱い、団体校拒否、支配介入の3種類の違法行為のことであり、このうち、団体交渉拒否のなかに、単に「拒否」するだけでなく、「応じるが、誠実に交渉しない」というものも含まれるわけです。
労働組合から団体交渉申入書を受けとったときは、誠意をもって応じる必要がありますから、団体交渉を開催するのが原則的な対応となります。なお、組合加入者を明らかにするよう求めたり、直接社員に連絡をして組合をやめるよう説得したりといった行為は、不利益取扱いもしくは支配介入の不当労働行為であり、許されません。
これらの不当労働行為は、労働委員会における救済命令の対象となります。組合側が、労働委員会に不当労働行為救済申立てを行い、不当労働行為だと認定されると、救済命令が下され、処分の撤回や損害賠償を命じられてしまいます。
まとめ
今回は、誠実交渉義務の内容と、義務違反といわれないための会社側の対策について解説しました。
労働組合からの団体交渉申入れがあったときは、正当な理由のない限り応じならず、決して無視したり放置したりしてはなりません。加えて、単に団体交渉に応じるだけでなく、誠実に交渉することが必要です。「何が誠意か」という問題について労使で意見が異なることが多いため、今回解説した裁判例を検討し、ケースに応じた適切な対応をするようにしてください。
当事務所の団体交渉サポート
弁護士法人浅野総合法律事務所は、企業の労働問題解決に注力しており、団体交渉を会社側視点で徹底サポートしています。
誠実交渉義務違反といわれてしまわないために、組合とどう対峙したらよいかお困りの方は、ぜひ一度ご相談ください。
団体交渉についてよくある質問
- 誠実交渉義務違反とならないため、どう対応したらよいですか?
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誠実交渉義務とは、誠実に交渉し、合意を目指す義務であるため、組合の要求を受け入れられないとしてもしっかりと話し合いをし議論を尽くすことが大切です。もっと詳しく知りたい方は「誠実交渉義務違反とならないための対応」をご覧ください。
- 誠実交渉義務を果たさないとどのようなリスクがありますか?
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誠実交渉義務を果たさない会社の交渉態度は、不当労働行為となり、労働委員会の救済命令を受けてしまうおそれがあります。もっと詳しく知りたい方は「誠実交渉義務違反は、不当労働行為となる」をご覧ください。
- 相手方のことを理解する
合同労組(ユニオン)とは?
誠実交渉義務とは - 団体交渉の申入れ時の対応
労働組合加入通知書・労働組合結成通知書の注意点
団体交渉申入書のチェックポイント - 会社側の事前準備と回答書作成
団体交渉の事前準備
会社側が回答書に書くべきこと - 参加者の選定と心構え
会社側の参加者・担当者は誰が適切か
参加する会社担当者の心構え
団体交渉に弁護士が参加・同席するメリット - 団体交渉当日の対応
団体交渉当日の進め方・話し方
やってはいけない禁止事項 - 団体交渉の解決までの流れ
解決までにかかる期間
団体交渉の打ち切り方 - その他
派遣先の団体交渉応諾義務