派遣労働者を雇用する会社から、合同労組(ユニオン)との団体交渉について法律相談を受けることがあります。
団体交渉は、労働組合から、突然「団体交渉申入書」が届いて始まることが多いですが、派遣労働者からの団体交渉の場合、特に軽視しがちです。
会社にとって、派遣労働者はあくまでも「雇用調整」であって、「まさか派遣労働者から、団体交渉を申し入れられることはないだろう。」という甘い考えが、その根底にあります。
「労働組合からの団体交渉には、応じなければならない義務がある。」という一般論は理解していても、「派遣労働者の問題は、派遣会社が解決してほしい。」という会社側(企業側)の意見もよく聞きます。
例えば、次のような法律相談のケースです。
よくある法律相談
派遣労働者との労働問題は、派遣会社がきちんとケアしてくれていたはず。
派遣先ではあるが、派遣労働者との団体交渉は派遣会社がやってほしい。
全く知らない労働組合からの団体交渉には応じたくない。
労働組合に加入するような派遣労働者は、今すぐ辞めさせたい。
労働組合は、法律で手厚く保護されており、団体交渉を一方的に拒絶すれば、「不当労働行為」と評価されるリスクがあります。
派遣労働者からの団体交渉の申し入れとなると、派遣先としては直接の雇用契約はないため、「派遣労働者であれば、団体交渉をする必要はないのでは?」という疑問がわきます。
しかし、「派遣労働者だから。」という理由だけで、一律に労働組合との団体交渉をお断りするのは、非常に危険な労働組合対応と言わざるを得ません。
注意ポイント
派遣法は、近時、重要な改正が行われています。
違法派遣など、一定の要件を充足した場合、「労働契約申込みみなし制度」によって、派遣社員が、直雇用社員へと変化するおそれがあります。
派遣労働者からの団体交渉は、改正された派遣法をよく理解し、違法な対応とならないよう、特に慎重な対応が求められます。
そこで今回は、派遣労働者が組合員として加入した労働組合から、「労働組合加入通知書」、「団体交渉申入書」が送られてきたとき、派遣労働者を雇用する会社の適切な対応を、弁護士がわかりやすく解説します。
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目次
企業の労働問題解決ナビを運営している「弁護士法人浅野総合法律事務所」では、多くの団体交渉のご依頼をいただいております。
派遣労働者からの団体交渉について、甘く見てはいけません。当事務所では、派遣労働者からの団体交渉の申し入れを解決した経験が豊富にございます。
浅野英之
弁護士法人浅野総合法律事務所(東京都中央区)、代表弁護士の浅野です。
「派遣労働者」は、会社の中で、正社員や契約社員に比べて低く取り扱われがちです。
しかし、労働組合による団体交渉は、労働組合法をはじめとした法律で手厚く保護されており、「派遣労働者だから。」といって軽く見ることは不適切です。
たとえ派遣労働者であろうとも、団体交渉に不適切な対応をすれば、会社側(企業側)にとって、思わぬ重大な労働トラブルを引き起こすことともなりかねません。
増加する派遣労働者の団体交渉
派遣労働者から団体交渉の申し入れをされてしまった会社側(企業側)としては、正直、「派遣労働者を軽く見ていた。」という考えが多いのではないでしょうか。
しかし、最近では、派遣労働者であっても、派遣先として仕事をしている職場に、団体交渉を申し入れるケースが増えています。
会社側(企業側)として労働組合対応を行うときも、時代の変化に応じて、「派遣労働者」に対する見方を変える必要があるかもしれません。
派遣法改正(労働契約の申込みみなし制度)
労働者派遣法の改正によって、「労働契約申込みみなし制度」が導入されました。
この派遣法改正によって、派遣労働者が労働組合に加入して、違法な派遣労働を行う派遣先に対して、団体交渉で権利を主張する、という団体交渉が増加することが予想されます。
例えば・・・
偽装請負を行っていることが明らかな派遣先の会社に対しては、改正された派遣法の「みなし制度」によって、派遣労働者が申込をすれば、派遣労働者は正社員として雇用してもらうことができます。
派遣労働者が、労働組合にサポートをもとめ、「みなし制度」に基づく権利を主張することで、団体交渉の結果、その派遣労働者を正社員として雇用しなくてはならなくなるおそれがあります。
働き方改革
「働き方改革」によって、多様な働き方が増えていく中、「派遣労働者」として働く選択もまた、手厚く保護されるのです。
「働き方改革」によって、違法な長時間労働は抑制されます。「がむしゃらに働くことが正義」という考え方は、成り立たなくなりました。
「余暇を楽しみたい。」、「ワークライフバランスを維持して家族と一緒にいたい。」と考えて、正社員ではなく派遣を選ぶ労働者もまた、労働組合によるサポートを受けることが予想されます。
派遣先でも、派遣労働者の団体交渉に応じなければならない?
派遣労働者を軽く見てはいけないことはわかりました。
ただ、確かに当社では、派遣労働者に働いてもらっていますが、派遣労働者と直接雇用契約書を交わしているわけではありません。
まずは、直接の雇用契約がある派遣先が、団体交渉をすればよいのではないでしょうか。
もちろん、派遣労働者との団体交渉について、派遣元の派遣会社は、応諾義務があると考えられます。
しかし、だからといって、派遣先の職場が、派遣労働者との団体交渉を拒否してよい場合ばかりではありません。
労働組合と対峙するときは、慎重に検討しなければ「不当労働行為」であるとして、紛争が拡大することが容易に予想されます。
派遣労働者との雇用関係は、派遣元との間にあります。
しかし、だからといって、「派遣先は単に派遣を受け入れているだけで、責任はない。」という考え方は通用しません。
基本的な考え方
「みなし制度」が生まれる前から、「派遣先が、派遣労働者の団体交渉に応諾する義務があるかどうか?」という点は、争いになっていました。
また、「みなし制度」が生まれた後も、「みなし制度」を利用するかどうかは、派遣労働者の判断ですから、派遣労働者のままであっても、団体交渉の申し入れをしてくることがあります。
派遣労働者からの団体交渉について、派遣先が応諾する義務があるかどうかは、専門的には、「派遣先が、労働組合法にいう『使用者』にあたるかどうか」で判断されます。
労働組合法にいう「使用者」であれば、団体交渉を拒否すると、労働組合法で「団交拒否」という不当労働行為になるからです。
労働組合法7条2号使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
(・・・中略・・・)二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
労働契約の申込みなしが主張された場合
労働契約の申込みみなし制度によって、派遣先といえども、派遣労働者と雇用契約を締結する可能性が出てきます。
つまり、この「みなし制度」によって、将来は、派遣労働者が正社員となる可能性もあるということです。
そのため、派遣労働者が、労働契約の申込みなし制度を利用することを示して、団体交渉の申し入れを行う場合には、派遣先は「使用者」として団体交渉に応じるべきです。
もっと詳しく!
派遣労働者を受け入れている会社側(企業側)の立場としては、派遣労働者から「みなし制度」の主張をされたとき、その当否についての判断が必要となります。
「みなし制度」が適用される状況であるかどうかによって、「団体交渉を断っても良いのか、それとも応じなければならないのか。」の判断に、少なからず影響するからです。
そのため、このことを判断するために、労働者派遣法の法律知識が必要となります。
裁判例から見る、派遣先の団体交渉のポイント
派遣労働者からの団体交渉の申し入れは、多くの労使トラブル、裁判例を生んできました。
「派遣先なのだから雇用契約はなく、全く関係がない。」ということにはならず、一定の要件の下に、団体交渉の応諾義務を認める裁判例が存在します。
派遣先であっても、派遣労働者の「使用者」にあたるとした裁判例、労働委員会命令などで考慮された要素は、次のとおりです。
ポイント
「労働契約関係」だけでなく、それに隣接ないし近似する関係を含む
雇用主だけでなく、近い将来、雇用関係が成立する現実的かつ具体的な可能性がある場合「使用者」にあたる
派遣法違反の違法な派遣実態があるときは、派遣先が「使用者」に該当する可能性がある
基本的な労働条件について雇用主と同視できる程度に決定できる地位にあるときは、「使用者」にあたる
そこで、実際に、具体的な裁判例での判断を、弁護士がまとめましたので、参考にしてみてください。
クボタ事件(東京地裁平成23年3月17日判決)
最初にご紹介する「クボタ事件」では、労働組合法7条にいう「使用者」について、
「労働組合法7条にいう使用者とは、労働契約関係ないしはそれに隣接ないし近似する関係を基礎として成立する団体労使関係を上の一方当事者を意味し」
と判示して、直接の雇用関係(労働契約関係)にある会社ではなくても、団体交渉に応じなければならない可能性を示しました。その上で、さらに具体的に、
「当該労働者との間に、近い将来において雇用関係が成立する現実的かつ具体的な可能性が存する者もまた、これに該当すると解すべきである。」
と判示しました。
ショーワ不当労働行為再審査事件(中労委平成24年10月18日命令)
次にご紹介する「ショーワ事件」は、不当労働行為救済申立てに対する、中央労働委員会の命令です。
この「ショーワ事件」でも、次のように述べて、労働組合法7条の「使用者」の範囲を、直接の雇用主に限定しないことを示しました。
「労働者派遣法上の派遣先事業主は、派遣労働者の所属する組合との関係では原則として労働組合法7条の使用者には該当しないが、例えば、労働者派遣法の枠組み、または、労働者派遣契約で定められた基本的事項を逸脱して労働者派遣が行われている場合や、労働者派遣法上、派遣先事業主に一定の責任や義務が課せられている部分等については、労働組合法7条の使用者に該当する場合がありうる。」
朝日放送事件(最高裁平成7年2月28日判決)
最後に紹介する「朝日放送事件」の最高裁判決でもまた、次のように述べて、労働条件を支配、決定する関係にあるかどうかが重要であることを示しました。
「労働組合法7条の使用者は、一般に労働契約上の雇用主をいうが、雇用主以外の事業主であっても、労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、当該事業主は同条の使用者に当たるというべきである。」
派遣先に「団交応諾義務」がある場合の2つの注意
当社では、あまり考えもなく派遣労働者を受け入れていましたが、派遣法が改正されたのですね。
細かいことは気にしていなかったので、派遣労働者から団体交渉を申し入れられたら、受けなければならない気がします。
違法な派遣労働をさせている場合には、ただちに是正するのがよいですが、団体交渉を申し入れられてしまったからといって、あきらめる必要はありません。
団体交渉に適切に応じることによって、御社の問題点を是正し、適法な会社に改善していきましょう。
労働者派遣法の改正によって、労働契約申込みみなし制度が導入されたことで、派遣労働者を受け入れる会社が、団体交渉を申し入れられるリスクは拡大したといってよいでしょう。
派遣先の職場が、団体交渉に応じる必要があると考えられる場合に、派遣先の会社が注意しておくべき、団体交渉の注意点について、わかりやすく解説します。
違法派遣を回避する
労働契約申込みなし制度を利用して、承諾の意思表示を行った派遣労働者の場合、派遣法の要件を満たせば、派遣先といえども直雇用契約をしなければなりません。
つまり、直雇用の可能性がある以上、団体交渉に応じる義務が生じることとなります。つまり、紹介した裁判例に照らしても、労働組合法7条にいう「使用者」にあたるわけです。
団体交渉の申入書に、「みなし制度を利用し、承諾の意思表示をする。」と記載されていた場合であっても同様です。
そのため、派遣先として真っ先に注意しておくべきことは、「みなし制度」が利用できるような違法派遣の状態となっていないかどうか、現状を調査、検討することです。
違法派遣の状態であるかどうかの判断には、派遣法の知識が不可欠です。詳しくは、弁護士にご相談ください。
応諾義務は広くとらえる
派遣労働者を受け入れている会社としては、派遣労働者からの団体交渉は、広く受け入れるのがよいでしょう。
つまり、「団体交渉応諾義務は、原則として存在する。」と考えておくということです。
団体交渉に応じたからといって、労働組合の要求をすべて承諾しなければならないわけではありません。
労働組合の要求をまず聞いて、その上で、改善をするかどうか、会社内で検討すればよいのです。
団体交渉への対応を誤らなければ、「使用者に該当しない。」と強硬に突っぱねるよりも、一度は団体交渉を行ったほうが、労働問題の解決がスムーズな場合も少なくありません。
派遣労働者との団体交渉は、労働組合対応の得意な弁護士にお任せください
いかがでしたでしょうか。
派遣労働者を、正社員よりも軽視してきた会社にとっては、派遣労働者からの団体交渉は、あまりにも突然のことで、拒否してしまっていた会社も少なくないことでしょう。
「働き方改革」によって、「労働時間が少ないから。」、「非正規雇用だから。」といって、正社員のほうが偉い、というわけではなくなってきました。
当事務所では、派遣労働者から申し入れられた団体交渉の解決実績があります。
派遣労働者の労働問題も、団体交渉に適切な対応をすることで、会社側(企業側)に有利な解決とすることができます。
まずは、起こってしまった団体交渉について、弁護士のアドバイスをお聞きいただくため、初回の法律相談をお申込みください。
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弁護士法人浅野総合法律事務所(東京都中央区)では、労働問題と企業法務しています。 会社で、常日頃から問題となる労働問題と企業法務に特化することで、会社を経営する社長、人事労務の担当者の目線に立って、親 ...
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まとめ
企業の労働問題解決ナビにご訪問いただきまして、誠にありがとうございます。
今回の解説では、「派遣労働者の所属する労働組合から、団体交渉を申し入れられたが、どのように対応してよいかわからない。」という派遣労働者を受け入れる会社からの法律相談に、回答しました。
この解説をお読みいただくことで、次のとおり、適切な組合対応をご理解いただけたのではないでしょうか。
「派遣労働者」という雇用形態についての意識の変化
派遣労働者であっても、団体交渉に応じなければならないケースがあること
派遣労働者であっても、団体交渉に応じるべきと判断した裁判例
派遣労働者との団体交渉に応じる会社側(企業側)の注意点
派遣労働者であっても、会社にとって、大きな戦力となっていたはずです。
派遣労働者をうまく活用し、戦力とすることで、人手不足を乗り切り、会社を発展させることができます。