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弁護士 浅野英之
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。

企業側の労働問題を扱う石嵜・山中総合法律事務所を経て、弁護士法人浅野総合法律事務所を開業。
企業の労働問題について、豊富な経験を有する。

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残業代請求の労働審判における答弁書の書き方と反論のポイント

未払残業代を請求された労働審判において、会社が提出すべき答弁書の書き方と、反論のポイントを解説します。なお、労働審判の答弁書の書き方と、反論の基本も合わせてご参照ください。

労働審判では答弁書がとても重要です。特に、残業代請求はタイムカードをはじめとした多くの証拠が提出され、審理が煩雑になる傾向にあります。会社の主張をわかりやすく、事前に伝えておかなければ、会社にとって有利な反論を理解してもらえないおそれがあります。

証拠が大部にわたり、緻密な審理を必要とするような残業代請求の労働審判では、わかりやすく反論を整理しておかないと、労働審判での解決に向かないケースとして訴訟移行の判断を下されるおそれもあります。

労働審判手続の答弁書の書式(東京地方裁判所民事部)

なお、労働審判対応について深く知りたい方は、下記まとめ記事をご参照ください。

まとめ 労働審判の会社側の対応を弁護士に依頼するメリットと、手続き・解決の流れ

↓↓ 動画解説(約9分) ↓↓

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解説の執筆者

弁護士 浅野英之

弁護士(第一東京弁護士会所属、登録番号44844)。
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。

企業側の労働問題を扱う石嵜・山中総合法律事務所を経て、弁護士法人浅野総合法律事務所を開業。
企業の労働問題に豊富な経験を有する。

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残業代請求の労働審判で、会社が検討すべき反論

まず、残業代請求の労働審判を申し立てられたとき、会社側が検討すべき反論について次の6点を順に解説していきます。

なお、本体となる残業代請求だけでなく、遅延損害金請求、付加金請求が申立書に記載されているのが通例であるため、遅延損害金、付加金が発生するような悪質なケースではない点についても反論しておくべきです。

↓↓ 動画解説(約12分) ↓↓

労働時間に争いがある

労働時間に争いがあるケースでは、会社側で把握している労働時間に基づいた反論が大切です。労使間で、労働時間について争いがあるのは、次のような点が理由です。

  • 「働いていたかどうか」に労使の認識の差がある
  • 「労働時間」の法解釈に労使の対立がある
  • 労働者の手元に十分な証拠がない

労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれた時間」のことです。業務を遂行した時間のみにとどまらず仮眠時間、手待ち時間、待機時間、着替え時間、後片付けの時間等もまた、会社の指揮命令が及んでいたときは「労働時間」と評価されるおそれがあります。

労働者側の主張する残業時間が予想外に長いときは、上記のように本来は労働時間とすべきでない時間まで算入されていないか検討し、反論しなければなりません。また、タイムカード等の重要な証拠が労働者の手元にないとき、申立書の計算はあくまでも概算とすることが通例です。このとき、会社側が把握する労働時間にしたがった再計算が必要です。

残業時間の例
残業時間の例

残業代の計算方法に誤りがある

残業代は、基礎賃金を月平均所定労働時間で割り、残業時間と割増率をかけて算出します。

残業代の計算方法
残業代の計算方法

請求された残業代の計算方法に誤りがあるケースでは、正しい計算方法にしたがった反論を要します。残業代の計算方法は複雑なため、たとえ労働者側に弁護士がついていても、法解釈に誤りがあったり計算ミスがあったりする例があります。

残業代は、法的には「割増賃金」といい、時間外割増賃金・休日割増賃金・深夜割増賃金の3種類に分けることができます。それぞれの種類ごとに、正しい計算方法は次のとおりです。

  • 時間外割増賃金=基礎賃金÷月平均所定労働時間×残業時間×1.25
    「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超えた労働時間に払われる残業代
     ※月60時間を超える残業時間については「1.25」でなく「1.5」を乗じる。
  • 休日割増賃金=基礎賃金÷月平均所定労働時間×休日労働時間×1.35
    「週1日もしくは4週4日」(法定休日)の労働に払われる残業代
  • 深夜割増賃金=基礎賃金÷月平均所定労働時間×深夜労働時間×1.25
    深夜労働(午後10時〜午前5時)に払われる残業代

なお、時間外かつ休日の場合は1.6、時間外かつ深夜の場合は1.5を乗じるというように、重畳的に適用されます。

割増率の比較
割増率の比較

計算式にある「基礎賃金」の算出は、労働基準法施行規則に定められたルールに従う必要があり、次の費目は除外賃金とされ、残業代の計算上、「除外賃金」とされ、基礎賃金に含まないこと定められています(同規則21条)。

  • 家族手当
  • 通勤手当
  • 別居手当
  • 子女教育手当
  • 住宅手当
  • 臨時に支払われた賃金
  • 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金

これらの手当は、労働時間の対価ではなく、労働者ごとの個人的事情を理由に払われるもので、残業代の基礎とするのが妥当でないからです(除外賃金にあたるかどうかは、賃金の名称・名目ではなく、実質によって判断します)。

以上の計算方法を理解し、労働者の申立てが、残業代の正しい計算方法に従ってなされているか精査する必要があります。

残業代を払わなくてよいケースにあたる

労働基準法には、一定の要件を満たすときは残業代の支払い義務を負わない規定があります。このようなケースに該当するときは残業代を払う必要がないため、積極的に反論していく必要があります。主に、「時間による管理にはなじまない」というケースで、例外的な規定が定められています。

残業代を払わなくて良い、もしくは、労働時間管理の適用除外となるのは、次の例です。

  • 事業場外労働みなし労働時間制(労働基準法38条の2)
    会社のオフィスの外で働く労働者(営業職等)につき、一定の時間だけ労働したとみなす制度
  • 専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)
    専門的な業務に就き、労働時間管理に向かないとき、一定の時間だけ労働したとみなす制度
  • 企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)
    企画業務に就き、労働時間管理に向かないとき、一定の時間だけ労働したとみなす制度
  • 変形労働時間制(労働基準法32条の2〜)
    繁閑の差の激しい業務について、週・月・年等の一定期間単位での清算とする制度
  • フレックスタイム制(労働基準法32条の3)
    始業・終業時刻を柔軟に調整し、コアタイムの出社のみを義務とする制度
  • 管理監督者(労働基準法41条2号)
    会社の管理ないし監督する地位にある社員について労働時間管理の適用を除外する制度
  • 高度プロフェッショナル制(労働基準法41条の2)
    一定の年収(1075万円)を超える専門的業務に就く社員につき、労働時間管理の適用を除外する制度

ただし、いずれも、「残業代の支払義務をなくす」という労働者側に不利益の大きい効果を生む制度なので、要件は厳格に定められています。各制度につき、就業規則の作成、労使協定の締結といった要件を遵守しなければならないため、事前の労務管理を徹底しなければ、労働審判で認めてもらうことは困難です。

残業は許可制である

残業代は、使用者が残業を命じることで発生します。そのため、残業許可制であり、かつ、残業を許可していないというのであれば、残業代請求に対する有効な反論となります。

ただし、「明示的に」残業を命じていないとしても、残業を黙認してしまっていたときには「黙示の残業命令」があったと評価され、残業代請求が認められてしまいます。そのため、残業許可制を主張するのであれば、その運用を徹底していた証拠として、次の資料を準備しておくことが大切です。

  • 実際に社員が残業をしてた時間
  • 残業をしていた理由
  • 残業許可制の運用(許可証等)と、社員への周知状況
  • 無許可で残業した社員に対して注意指導した履歴

固定残業代を払っている

既に、残業代見合いとして一定の金銭を支払っているときには、その金額を超える未払いが発生していない限り、残業代を支払う必要はありません。このようにあらかじめ一定額を残業代として支払うやり方を、固定残業代(もしくは、固定残業手当、残業代みなし制度等)と呼びます。

このうち、基本給にあらかじめ残業代相当分を組み込んでおく方法(固定残業代)と、残業代に相当するみなし残業手当を基本給とは別に支払う方法(固定残業手当)の2種類があります。

固定残業代と固定残業手当の違い
固定残業代と固定残業手当の違い

裁判例では、固定残業代・固定残業手当の支払いを有効とするために、少なくとも次の2つの要件が必要とされています。

  1. 残業代に相当する部分と、それ以外とが明確に区分されていること
  2. あらかじめ払われた額を超える残業代が生じたとき、差額が払われていること

あらかじめ払った額を超える残業代があるとき差額を支払わなければならず、差額を支払っておかなければ制度自体が無効と判断されてしまうおそれがあるからです。そのため、固定残業代制は必ずしも残業代を減らすことにはつながらず、残業代減額の観点からはあまりおすすめできないやり方です。

消滅時効が経過している

最後に、未払残業代が一旦は発生したとしても、既に消滅時効が完成しているときには、支払う必要はありません。そのため、消滅時効期間が経過しているという反論が有効です。

残業代の消滅時効は、従来は2年でしたが、2020年4月1日より、同日施行の改正民法の影響を受けて5年(ただし当面の間は3年)に延長されました(施行日以降に支払日が到来する残業代について適用。同時に、記録の保存期間、付加金の請求期間についても改正されました。)。

改正前改正後
賃金請求権の時効2年5年
(当面3年)
記録の保存期間3年5年
(当面3年)
付加金の請求期間2年5年
(当面3年)
改正民法(2020年4月1日)に関連する労働基準法改正

残業代請求の答弁書に書くべき「認否」の注意点

労働審判の答弁書では、事実の認否を正確に行う必要があります。これは、労働審判が簡易迅速な解決を趣旨としているところ、認否を正確に行えば、労使に争いのあるポイントだけを審理の対象とすればよく、争いのないポイントについては精査する必要がなくなるためです。これを、認否の「争点限定機能」ということがあります。

認否の争点限定機能
認否の争点限定機能

この観点から、残業代請求の労働審判においても、会社側の視点から有効な反論をするために、認否する際に次の注意点を理解しておいてください。

労働時間と把握方法を説明する

会社には、労働者の労働時間を把握する義務があります。そのため、労働した時間については残業代を請求する労働者側が立証するのが立証責任のルールですが、実際には、会社に対し、タイムカード等労働時間を把握するために必要な資料を提出するよう要請されます。

そのため、労働者が計算してきた労働時間が正しくないと反論して争うときには、答弁書に、会社の考える具体的な労働時間と、その把握方法について説明しておくことがポイントです。

会社側には、労働時間を把握する義務があるため、この義務を怠り、労働時間について正確な証拠を提出できないときは、労働者側に有利な労働時間の主張が認められてしまうおそれがあります。

労働審判の実務では、計算式やエクセル等を利用して整理することが通常です。ただし、労働審判では簡易迅速な解決のため、すべての労働時間と証拠の突き合わせまでは行わずにざっくりとした和解が提案されることがあります。

反論を基礎づける証拠を提出する

労働審判では、答弁書の送付とともに、反論を基礎づける証拠を提出することが必要です(労働審判規則16条2項)。残業代請求をされたケースの労働審判では、タイムカードが最も重要な証拠となりますが、その他に次のような証拠が必要となります。

  • 労働条件を証明する資料
    就業規則、労働条件通知書、労働契約書(雇用契約書)、給与明細、賃金台帳等
  • 労働時間を証明する資料
    タイムカード、業務報告、日報等

特に、タイムカードの証拠価値がとても高く評価されているため、労働者側がタイムカードどおりの主張をするとき、これより残業代が少ないと反論するためには、相当信用性の高い証拠を準備しておかなければなりません。

タイムカードに関する争い方

未払残業代請求の労働審判について、会社側の反論・答弁書を考えるにあたって大切な証拠に、タイムカードがあります。

タイムカードが存在するとき、労働審判では労働者側は、タイムカードにしたがって計算するのが基本です。しかし、次のようなケースではタイムカードが労働実態を必ずしも反映していないため、労働者側は、タイムカードよりも多い残業代を請求してきます。

  • タイムカードを会社に勝手に打刻された
  • タイムカードが事後的に偽造された
  • タイムカードを打刻してから残業をしていた
  • タイムカードを労働者自身が押したことがない。

上記のような会社に不利な主張がされたとき、労働者側の主張を基礎づける証拠を身長に吟味し、反論する必要があります。会社側でも、有利な主張として、次のような事情があるときは積極的に主張するようにしてください。

  • タイムカード打刻前から仕事をしていなかった
  • 業務時間中に休憩していた
  • 仕事をせずに社内に残っていた

なお、これらの状況を放置し続けていたときは、「黙示の残業命令」があったと評価されるおそれがあるため、日頃からの労務管理を徹底することも大切です。

以上のケースに対して、タイムカードが存在しないケースもあります。

タイムカードは重要な証拠ですが、存在しないからといって会社が労働審判に勝てるわけではありません。むしろ、会社が労働時間を把握していなかったとき、労働者にとって有利な概算がそのまま認められてしまうおそれがあります。準備が足りずやむを得ないケースでは、労働審判申立書をよく検討し、労働者側の矛盾をついて反論することとなります。

まとめ

今回は、未払残業代請求の労働審判における、答弁書のポイント等について解説しました。なお答弁書の書き方の基本についての解説もぜひご参照ください。

労働審判で残業代を請求されてしまったとき、答弁書の段階から的確に反論していくことが、残業代を減額するための大切なポイントです。労働審判申立書の記載をよく精査し、会社側の視点に立った労働法と裁判例の知識を駆使し、十分な内容の答弁書を作成するよう心がけてください。

当事務所の労働審判サポート

弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業の労働問題解決に精力的に取り組み、労働審判対応を得意としています。

会社側(企業側)で、労働審判によって残業代が請求されたことを知ったとき、既に期日は間近であり、答弁書を作成するための時間はそれほど多くは残されていません。当事務所では、労働審判を数多く解決した実績を活かして、短い準備期間しかなくても有効な反論を答弁書に記載します。

労働審判についてよくある質問

残業代請求の労働審判で、会社が検討すべき反論はどういったものがありますか?

残業代請求の労働審判では、労働時間、残業代の計算方法といった労働者側の主張への反論に加え、管理監督者等の残業代を払わなくて良いケースにあたるという会社側の主張等を検討してください。もっと詳しく知りたい方は「残業代請求の労働審判で、会社側が検討すべき反論」をご覧ください。

タイムカードがないとき、どう争えばよいですか?

残業代請求の労働審判えは、タイムカードは最重要の証拠です。会社側で労働時間を把握しておく義務があるため、タイムカードがないとき不利になるおそれがあり、その他の証拠で労働時間を詳しく証明する努力が必要です。もっと詳しく知りたい方は「タイムカードに関する争い方」をご覧ください。

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