労働審判の答弁書の書き方と、会社側で注意すべき反論のポイントについて解説します。
労働審判が申し立てられたと知ったとき、事前準備にかけられる時間的余裕はあまり残されていません。限られた時間で答弁書作成に全精力を込めることが、会社側視点で労働審判を戦うときの重要なポイントです。
本解説では、労働審判の答弁書について、次の重要なポイントを解説します。
- 労働審判の答弁書は、会社側にとって決定的に重要な役割を果たす
- 労働審判の答弁書は、法律・規則に定められた記載事項にしたがって順番に書くことがポイント
- 裁判所(労働審判委員会)を説得するために、理解してもらいやすくする
なお、労働審判対応について深く知りたい方は、次のまとめ解説をご覧ください。
まとめ 労働審判の会社側の対応を弁護士に依頼するメリットと、手続き・解決の流れ
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労働審判の答弁書とは
初めに、労働審判の答弁書とはどのようなものか、基本的な法律知識を解説します。
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労働審判における答弁書の重要性
労働審判は、簡易迅速な解決という制度趣旨からして、第1回期日で事実認定、心証形成を終えるのが通例です。そのため、第1回期日までに会社側(企業側)の反論をわかりやすく伝えるため、答弁書がとても重要な役割を果たします。
答弁書に、会社側にとって有利な事情を漏らさず記載しておくと、次の効果が期待できます。
- 第1回期日前に、裁判所(労働審判委員会)に主張・反論を理解してもらえる
- 労働審判の参加者の事前準備で、当日どう発言すればよいかが理解できる
充実した答弁書を提出しておけば、労働審判の期日の進め方は「裁判所が、答弁書を読んでも不明な点を聴取する」という流れになります。企業側に有利な反論を前提とした進行となる上、会社側の参加者にとっても不意打ち的な質問がされないため準備が容易です。
答弁書に記載すべき基本的事項
労働審判の答弁書に記載すべき基本的事項は、「具体的な事実」と「法的な主張」です。
裁判所は「法的三段論法」という方法で判断します。わかりやすくいうと、具体的な事実を法律にあてはめ、法律の解釈をするという方法です。この各段階について、会社側に有利な内容を記載することが答弁書の基本的な骨格となります。
具体的な事実については会社関係者が実際に経験した事実をできるだけわかりやすく詳細に書くようにします。一方、法的な主張については労働法と裁判例の知識に基づいて記載することが必要となり、豊富な知識・経験を有する弁護士のサポートが有効です。
裁判所(労働審判委員会)の思考法を理解すれば、わかりやすい答弁書にするため次の点に留意して書くことができます。
- 「事実」と「法的主張」を明確に区別して書く
- 「事実→法律→結論」という順番でわかりやすく整理する
裁判所(労働審判委員会)にわかりやすく主張を伝え、説得することが答弁書の役割ですから、法的な思考方法に逆らわない記載順序がよいでしょう。なお、具体的なケースに即して、これとは異なった記載をしたほうが伝わりやすいこともあり、そのような工夫は、弁護士の腕の見せどころといえます。
答弁書の提出期限
労働審判の答弁書の期限は、労働審判について裁判所から送達されてくる「期日呼出状及び答弁書催告状」に記載されています。提出期限は、第1回期日の1週間前程度に設定されるのが通常です。
答弁書は、期日前に裁判所(労働審判委員会)に配布され、目を通されます。十分に内容を把握してもらってから審理に臨む必要があるため、提出期限は必ず守らなければなりません。期限を過ぎて提出すると、不誠実だと評価されたり、最悪の場合には答弁書を読んでもらえず反論が伝わらないまま期日を迎えるおそれがあります。
東京地方裁判所労働部が発出する注意書にも、迅速・適正な進行のため、答弁書の提出期限を守るべきことが指摘されています。
指定された提出期限までに答弁書作成がどうしても間に合わないときは、早めに裁判所に連絡しておくことが必須です。
その上で、すべての作成が間に合わないとしても、少なくとも申立ての趣旨に対する答弁、事実に対する認否については必ず記載し、その部分だけでも先に提出しておくようにしてください。
限られた時間内に、充実した答弁書を提出するため、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
答弁書の提出先・部数
答弁書の提出先と部数については次のとおりです(労働審判規則16条3項)。
- 裁判所(労働審判委員会)へ、4部
答弁書の正本1通、写し3通
あわせて、答弁書の反論を基礎づける証拠を、1部送付します(労働審判規則16条2項)。 - 申立人(もしくは申立人代理人弁護士)へ1部
答弁書1通と、証拠1部を送付します。
労働審判の答弁書に書くべき項目
労働審判の答弁書にどのようなことを書くべきかは、労働審判規則に定めがあります。労働審判規則16条によれば、労働審判の答弁書に記載すべき項目は次の6点です。
以下では、労働審判規則の定めにしたがって、答弁書の記載事項と、書き方の注意点等について、わかりやすく解説していきます。
なお、裁判所から申立書が送付されるとき、「答弁書の記載例」が同封されています。
しかし、この記載例はあくまで簡易な内容で、これを埋めるだけでは会社側に有利な反論を十分に伝えられません。弁護士が労働審判対応をするときには、訴訟の答弁書と同様の形式で、充実した答弁書を作成するのが通常です(このとき、同封の記載例は使用しません)。
申立ての趣旨に対する答弁
「申立ての趣旨」とは、労働者側からの申立内容、つまり、労働者の要求のことです。
答弁書の1つ目の記載内容となる「申立ての趣旨に対する答弁」とは、つまり、労働者側からの要求に対する会社側の意見のことです。例えば、次のような記載です。
- 未払残業代請求という要求に対し、支払う義務がないため棄却されるべき
- 不当解雇を撤回し、地位確認をすべきという要求に対し、解雇は有効であり棄却すべき
- ハラスメントの慰謝料請求という要求に対し、不法行為でないため棄却すべき
なお、申立ての趣旨に対する答弁については、定型的な書き方の作法があるため、答弁書の記載例にしたがって記載するのが通例です。
申立書に記載された事実に対する認否
答弁書に記載すべき「認否」とは、労働者側が主張している事実を認めるかどうかについての会社の意見です。認否の記載には一定の作法があり、事実ごとに、次の3つのいずれかを記載するのが通例です(なお、法的な評価については「争う」と記載するのが通例です)。
- 認める
- 否認する
- 不知(知らない)
労働審判が、簡易迅速な解決を趣旨とすることから、認否をしっかりと行うことは「争点を限定する」という意味があるとても重要なことです。「争う部分」と「争いのない部分」を明らかにし、期日における審理を「争う部分」に限ってスピーディに行えるからです。そのため、労働審判では認否が相当重視されています。
「認める」という認否をした部分については後から争えないため、慎重に検討し、できるだけ細やかに「否認する」と記載していくことが重要なポイントです。
ただし一方で、「全て否認する」といった答弁書は、争点を全く限定できないことから役割を果たせておらず、裁判所(労働審判委員会)から良い印象を抱かれません。労働者側の視点から一方的に書かれた申立書に立腹するのは理解できますが、感情的にならず、冷静に精査し、認否を作成しなければなりません。
会社側の視点に立ってみれば嘘が書かれていると思えても、冷静に淡々と「否認する」との認否を進めてください。
答弁を理由づける具体的な事実
「答弁を理由づける具体的な事実」には、会社側の答弁で書いたような回答となる理由を記載するようにします。
この部分は、会社の反論を裁判所(労働審判委員会)に説得的に伝え、会社に有利な結論を導くようにするための項目であり、答弁書の中でも最重要です。説得的に記載するためには、法律や裁判例の知識をしっかりと理解した上で、争点ごとに、法律と裁判例に即した要件にしたがって記載しなければなりません。
会社の概要、社員の概要からはじまり、時系列に沿ってわかりやすく整理して記載することが通常です。事案によっては、時系列表を作成して添付することは、よりわかりやすく事実関係を伝える助けとなり、効果的です。
予想される争点と、争点に関連する重要な事実
この項目には、まず、会社がその労働審判で争点と考えることについて記載します。労働審判で争点となることとは、つまり、労使間の事実認識、法的解釈に争いのある部分のことです。
労働審判でよく争点となる事項には、次の例があります。
- 不当解雇のケース
解雇の理由があるかどうか
解雇が相当かどうか - 未払残業代請求のケース
労働時間にあたるかどうか
未払残業代が発生するかどうか
会社の制度(管理監督者制、裁量労働時間制等)が有効か - ハラスメントのケース
ハラスメント行為があったか
言動が違法かどうか
争点には、法的争点(法律解釈が労使で異なる点)と、事実の争点(事実関係の認識が労使で異なる点)があり、どちらに当たるかを区別して書くと、よりわかりやすい答弁書にすることができます。
争点を列挙したら、次に、「争点に関連する重要な事実」として、その争点について会社の主張が正しいことを説得するための事情について記載します。
予想される争点ごとの証拠
争点について、裁判所(労働審判委員会)に有利な心証を抱いてもらうためには、適切な証拠を準備する必要があります。裁判所での審理は、証拠を重視して判断されるため、証拠のない事実についてはなかったものと扱われてしまうからです。
労働審判では簡易迅速な解決を趣旨としているため、証拠については当日取調べができるものに限定されています。また、迅速な審理がなされるため、大量の証拠を出したとしても全て精査してもらえるとは限らず、有利にはたらかないおそれがあります。あまりに証拠が大部なとき、「労働審判における解決には向かない事例」と評価されて訴訟移行してしまうおそれもあります。
以上のことから、争点を判断するのに必要かつ十分な証拠に限定し、的確にポイントを絞って立証すべきです。
証拠についてわかりやすく裁判所に伝えるため、答弁書の反論ごとに、それを基礎づける証拠をカッコ書きで追記するという答弁書の記載が一般的です。「20XX年XX月XX日、会社は労働者に解雇を通告した(乙1号証)」といった記載方法です。どの証拠がどの事実を証明するかわかりやすくするためです。
あわせて、証拠説明書を作成し、証拠の詳細についてわかりやすく説明するのが実務の通例です。
当事者間の交渉、申立てに至る経緯
最後に、当事者間の交渉をはじめ、申立てに至る経緯について記載します。この点については、労働者側からの申立ての際、「会社側の交渉態度が不誠実であったため、労働審判を申立てざるを得なかった」と主張されていることが多いため、これに反論しておく必要があります。
具体的には、交渉過程で書面等を送付している場合には証拠として添付し、会社が誠実に交渉していることを主張するようにします。
答弁書作成で、会社側が注意すべきポイント
最後に、答弁書を作成するにあたって、会社側(企業側)で注意しておくべきポイントについて解説しておきます。
わかりやすく伝える
労働審判の答弁書の役割は、会社側の主張を、中立的な立場にある裁判所(労働審判委員会)に伝えることにあります。そのため、わかりやすく、伝わりやすい答弁書であることが最重要です。
簡易迅速な解決を趣旨とする労働審判では、労働審判委員といえど、答弁書を熟読する時間は限定されています。わかりづらい記載だと、会社に有利な主張を理解してもらうことができません。同様に、長すぎる答弁書もまた、論点がぼやけてしまうためおすすめできません。
労働審判委員会に対して、いかに会社に有利な反論を伝えるかで、労働審判における心証が決まるといっても過言ではありません。必要なポイントを理解し、的確な内容の答弁書とするよう心がけてください。
事実は具体的に記載する
労働審判の答弁書に記載すべき「事実」を、できるだけわかりやすいものとするためには、具体的に記載することが重要なポイントです。「5W1H(いつ、どこで、誰が、なにを、なぜ、どうした)」を意識して書くと、具体的な記載にすることができます。
抽象的、概括的な記載では、実際にそのような現場を見聞きしていなかった裁判所に理解してもらうには十分とはいえません。
会社関係者が実際に経験したことを書くため、記憶をよく喚起してから作成にうつるのがよいでしょう。よりわかりやすくするためには、例えばその社員の問題点を端的に示すエピソードを例示して書くというやり方がおすすめです。
労働問題にあわせた有利な反論を記載する
労働審判で争点となっている労働問題ごとに、会社側(企業側)にとって有利な反論内容は異なります。そのため、労働問題にあわせた有利な反論を記載しておくことが大切なポイントとなります。
よく問題となるケースごとに、会社が検討しておくべき有利な反論の例を挙げておきます。詳しくは、各項目の詳細解説をご参照ください。
未払残業代請求のケース
未払残業代請求の労働審判で、会社が検討しておくべき有利な主張には次のものがあります。
- 社員側の主張する労働時間に争いあり
労働時間に誤りがある
労働時間に働いていた証拠がない
そもそも「労働時間」とは評価されない(休憩時間・手待ち時間等) - 残業代の計算方法に誤りがある
- 残業代を払わなくてよいケースにあたる
みなし労働時間制
フレックスタイム制
管理監督者に該当する
高度プロフェッショナル制 - 残業許可制の運用を徹底していた
- 固定残業代・固定残業手当により残業代を既に払っている
- 未払残業代の消滅時効(3年)が経過している
不当解雇のケース
不当解雇の撤回を求められた労働審判で、会社が検討しておくべき有利な主張には次のものがあります。
- 解雇に合理的な理由がある
能力不足について、再三の注意指導をしたが、改善されない
協調性不足について注意指導し、異動を行った
横領・ハラスメント等悪質な企業秩序違反があり懲戒解雇した
整理解雇の要件を満たす - 解雇の相当性が認められる
以上の問題点が、解雇するに足る程度のものである
あわせて、解雇期間中に未払賃金(バックペイ)の請求に対しては、解雇期間中に他社で就労していた事実を、解雇の慰謝料請求に対しては、解雇が不法行為(民法709条)として慰謝料の対象となるほどの強度の違法性がないことを反論として記載しておきましょう。
ハラスメントのケース
セクハラ・パワハラ等のハラスメントについて、会社の責任を追及する労働審判のケースで、会社が検討しておくべき有利な主張は次のようなものです。
- ハラスメントに該当する言動がない
ハラスメントと言われている言動自体が存在しない
ハラスメントを証明する証拠が十分でない - ハラスメントだが、慰謝料が発生するほどの違法性はない
不法行為(民法709条)に該当しない - ハラスメントだが、会社の責任は発生しない
会社の関知しない私生活領域で行われた
会社に相談がなく、会社はハラスメントを知らなかった
使用者責任(民法715条)が生じない
安全配慮義務違反が生じない
会社がハラスメントを知った後、即座に再発防止措置をとった
まとめ
今回は、労働審判に会社側で対応する際に特に重要となる答弁書の書き方、注意点等を解説しました。
労働審判は、簡易迅速な解決を趣旨とするため、会社側にとっては準備期間が少なく苦労することでしょう。しかし、答弁書の記載をないがしろにしてしまうと、企業側の反論が裁判所(労働審判委員会)に伝わらないまま審理を行うこととなります。このとき、第1回期日でのやりとりは、労働者側の主張を前提としたものとなり、ますます不利な状況に追い込まれるおそれがあります。
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労働審判のよくある質問
- 労働審判の答弁書に記載する項目は?
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労働審判の答弁書に記載する項目は、労働審判規則に定められており、申立書に記載された事実の認否、会社側の答弁等、会社にとって有利な事実・主張をわかりやすく記載します。もっと詳しく知りたい方は「労働審判に書くべき項目」をご覧ください。
- 労働審判の答弁書の書き方について、注意すべき点はありますか?
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労働審判の答弁書には一定の書き方の基本がありますが、重要なことは、裁判所(労働審判委員会)にわかりやすく、会社に有利な反論のポイントを絞って記載することです。もっと詳しく知りたい方は「労働審判の答弁書作成で会社が注意すべきポイント」をご覧ください。
- 労働審判の答弁書を提出しないとどうなりますか?
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労働審判は必ずしも答弁書を提出しなくても、当日実際に裁判所にいって答弁することもできます。しかし、事前に反論内容が伝わっていないこと、当日の伝えられる時間は限られることから、会社の言い分を十分にわかってもらえない危険性があります。