不当解雇について元社員から争われた労働審判で、会社が提出すべき答弁書の書き方と、反論のポイントを解説します。なお、労働審判の答弁書の書き方と、反論の基本も合わせてご参照ください。労働審判は審理期間に制限があるため、答弁書がとても重要です。
解雇した元社員から不当解雇を争う労働審判を申し立てられてしまったとき、会社側は、解雇の正当性を基礎づける事情を主張します。このとき、会社に有利に進めるためには、対象社員の問題点について長期にわたる事実関係を主張せねばならないことが多く、時系列で整理した答弁書なしには、裁判所(労働審判委員会)に理解してもらえません。
また、解雇は感情的対立を生みやすく、労働審判当日は紛糾しがちです。元社員が解雇によって無職・無収入となってしまっているとき、労働者保護の配慮がなされ、会社側(企業側)としては不利な状況を覆さなければなりません。ケースによっては、解決金による金銭解決を目指すべき場合も少なくありません。
なお、労働審判対応について深く知りたい方は、下記まとめ記事をご参照ください。
まとめ 労働審判の会社側の対応を弁護士に依頼するメリットと、手続き・解決の流れ
↓↓ 動画解説(約9分) ↓↓
解雇権濫用法理について
はじめに、解雇問題における法的主張を考えるとき最重要となる「解雇権濫用法理」の考え方を解説します。
解雇権濫用法理とは、労働者保護の観点から解雇を制限するルールであり、具体的には、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労働契約法16条)に、解雇を無効とするものです。したがって、理由なき解雇や、解雇をするほどの程度に至っていない問題点を理由とした解雇は、このルールに従い「不当解雇」として違法、無効となります。
このとき、解雇の理由となる事情によって、解雇は次の3種類に分類できます(次章以降で解説するとおり、反論についてもどの解雇にあたるかによって異なります)。
- 普通解雇
能力不足、協調性不足、勤怠不良等の労働者側の適性を理由とする解雇 - 懲戒解雇
企業秩序に違反する行為を理由とする解雇 - 整理解雇
経営難等、会社側の事情を理由とする解雇(リストラ)
会社側で、解雇に関する労働審判を争うにあたっては、解雇権濫用法理をよく理解した上で、解雇の正当性を主張立証するように心がけてください。
解雇の労働審判で、会社が検討すべき反論と、答弁書の書き方
次に、前章で解説した解雇権濫用法理に照らして、解雇の労働審判において会社が検討すべき反論と、答弁書の書き方について解説します。なお、解雇をした理由によって、注目すべき事実が異なるため、ここでは、よく解雇理由となる次のケースについて説明します。
能力不足による解雇のとき
普通解雇のうちで、最もよく相談のある解雇理由が「能力不足」です。能力不足によって解雇し、不当解雇であるとして争われたときには、会社側の立場では、「労働者が、雇用契約で約束した能力に足りていないこと」を主張立証しなければなりません。そのため、この点を基礎づける具体的な事実を、答弁書に記載しておかなければなりません。
つまり、答弁書に記載すべきは次の3点です。
- 雇用契約で、一定の能力を前提としていたこと
- その能力が不足していたことを表す具体的な事実
- 注意指導をしたが、改善の余地がなかったこと
能力不足を表す事実は「具体的」に列挙する必要がありますから、単に「能力が足りていなかった」と書くだけでは不十分です。裁判所(労働審判委員会)に対し、当該社員の問題点をよく理解してもらうためには、問題点がよくわかるエピソードを交えて答弁書に記載するようにしてください。
また、仮に能力不足だったとしても、注意指導をする必要があり、解雇が許されるのは再三注意指導を繰り返し、軽度の懲戒処分(譴責・戒告)をし、重度の懲戒処分(降格・出勤停止)をする等プロセスを踏んだにもかかわらず、なお改善の余地がなかった場合に限られます。この点で、会社側としては注意指導をした記録を証拠化し、労働審判で提出する必要があります。
協調性不足による解雇のとき
協調性不足を理由に解雇するときにも、同様に、何度かのチャンスを社員側に与えておかなければ、不当解雇となるおそれが高くなります。
特に「協調性」は曖昧で、主観に左右されやすいため注意が必要です。協調性をはじめ、人間関係に問題が生じたとき、その原因は相互に存在する可能性があり、その問題社員とされた人にだけあるわけではないかもしないからです。そのため、解雇前に、注意指導して改善するかを見るとともに、他部署に移動し、他の仲間ともうまくやることができないかどうかをチェックする必要があります。
このような過程を経て解雇に至った時、その事実を具体的に、労働審判の答弁書に記載しておきます。
勤務態度不良による解雇のとき
勤務態度が不良であることもまた、よく解雇の理由となります。
解雇理由が勤務態度の不良にあるときにも、答弁書には具体的な事実を記載すべきであるという点は変わりありません。ただ、「態度」は「能力」と比べて、更に主観に影響されやすく、数値化することができず、曖昧になりがちです。そのため、労働審判委員会に、勤務態度の問題点をわかりやすく説明するのは至難の業です。
このときも、勤務態度の不良を示す事実をいくつも列挙していくことが大切です。証拠に残りづらいからこそ、勤務態度について注意指導したり懲戒処分を下したりした証拠を、会社側で積極的に残していく必要があります。
企業秩序違反の懲戒解雇のとき
懲戒解雇は、企業秩序に違反する行為があった社員に対して行う解雇で、解雇の中でも特に重大です。懲戒処分には、軽い順に、譴責・戒告、減給・降格、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇と続きますが、懲戒解雇は中でも最も重い処分とされています。
懲戒解雇は、労使関係の中でも「死刑」に例えられるほどで、その後の再就職が困難となってしまうおそれがあります。そのため必然的に、懲戒解雇を行えば労働審判を申し立てられる等して争いになるのは必至です。そして、解雇権濫用法理を適用するにあたり、懲戒解雇では、特に解雇の有効性が厳しく判断されます。
会社側としては、懲戒解雇の対象社員が、いかに悪質な行為を行ったか、具体的に答弁書に記載して反論する必要があります。例えば、重大な犯罪行為、業務上横領、悪質なハラスメントを繰り返した等の事情がこれにあたります。
なお、懲戒解雇をするためには、就業規則に懲戒事由が明記されている必要があります。また、労働者に与える不利益が大きいことから、懲戒解雇前に理由を説明し、弁明の機会を与える必要があります。
弁明の機会を与える等のプロセスを踏まずに懲戒解雇すると、不当解雇と判断されるおそれが高まります。
会社の事情による整理解雇のとき
会社の経営的な事情を解雇理由とするとき、整理解雇となります。いわゆる「リストラ」です。
整理解雇は、労働者にとって全くの非がないからこそ、その有効性については厳しく判断される傾向にあります。具体的には、解雇権濫用法理をより詳細化した、次の「整理解雇の4要件」を満たすかどうかで判断されます。
- 業務上の必要性があるか
- 解雇の必要性があるか
- 解雇対象者の人選に合理性があるか
- 手続きが適正か
労働審判で、会社が整理解雇の有効性を認めてもらうためには、4要件に沿った必要かつやむを得ないものであったことを主張します。労働審判の答弁書にはこれらの要件にあてはまる具体的な事実を記載します。特に「会社の経営状況からして解雇は避けがたい」という事情を、具体的な経営上の数字で説明し、労働審判委員会に、会社の状況を伝えることができます。
労働審判では、第1回期日で事情聴取と心証形成がほぼ決してしまうため、出し惜しみは禁物です。経営上の資料は企業秘密となることは当然ですが、マスキングをしたり、裁判所限りで見せたりといった方法で、できる限り客観的な説明に努めることが大切です。会計資料等は難解で読み解きに時間を要することもあるため、必ず、答弁書とともに事前に提出しておくようにしてください。
答弁書に、求める解決方針を書く
解雇が争われる労働審判の多くのケースでは、労働者側は、「解雇撤回」と「地位確認(社員としての地位があることの確認)」を建前として求めておきながら、本音では会社への復職が難しいことを悟っており、「解雇を撤回させた上で合意退職とし、会社から解決金を受け取る」という金銭解決を求めています。このような本音と建前の使い分けから、労働審判では、金銭解決による和解がよく選択されます。
ただ、あくまでも本音と建前の使い分けが必要であり、解決金そのものを直接請求することはできないため、会社側としてもこのようなケースに対応するため、会社がどのような解決を求めるのかについて、答弁書に記載し、労働者側に伝えておくことが大切です。したがって、次のいずれの解決策を希望するか、答弁書の後半に必ず記載するようにしてください。
- 解雇有効を主張し、徹底して争う(訴訟に移行することも辞さない)
- 解雇有効を主張するが、復職を望まないならば一定の解決金支払いには応じる
この点で、労働審判制度は、簡易迅速、かつ、柔軟な解決を目指す制度であり、解雇の金銭解決に向いている制度です。むしろ、徹底して復職を求める社員は訴訟提起をすることから、労働審判を申し立てること自体、退職を前提とした金銭解決に暗黙の了解があるといってもよいでしょう。企業側にとっても、早期解決して紛争コストを抑えるメリットがあるため、金銭解決が可能であることをあらかじめ答弁書に示唆しておく対応がおすすめです。
とはいえ支払う解決金は低額であるほど会社にとって利益になります。解雇有効との心証に近づけばその分だけ解決金の減額が期待できますから、できるだけ解決金を低額に抑えられるよう、「解雇有効」に向けた反論は、答弁書の前半で徹底して行っておくようにします。
↓↓ 解説動画(約10分) ↓↓
答弁書でその他に反論しておくべき点
最後に、不当解雇を争われた会社が、労働審判の答弁書の記載を検討しておくべきその他の争点について、わかりやすく解説しておきます。
雇用している労働者か
まず、不当解雇と主張するからには、雇用関係が存在している必要があります。申立人が、会社が雇用すらしていない者であったとき、この点について答弁書の冒頭で反論しておく必要があります。
会社としては雇用しているつもりはなかったが、不当解雇だとして労働審判を申し立てられてしまうケースには次のような例があります。
- 個人事業主(フリーランス)と継続的に締結していた業務委託契約を解約した
- 違法派遣の状態にある派遣社員から、直接の雇用関係があると主張された
労働基準法の「労働者」に該当するためには、使用従属性があるかどうかで判断されており、その者が会社の指揮命令下にあったかどうかを検討する必要があります。
解雇前に退職勧奨を行う
解雇とは、会社が一方的に雇用契約を解消することです。これに対して、労働者に働きかけ、労働者側も会社を辞めたいと考えて合意に至るときには、それは解雇ではなく合意退職です。このように、解雇トラブルとなってしまわないよう、解雇前に退職をしてもらえないか働きかけることを「退職勧奨」といいます。
「解雇だ」と明示的に告げておらず、かつ、社員側も退職することには同意していたと考えられるときには、「解雇ではなく退職勧奨に応じた合意退職だ」と反論することができないか、検討する必要があります。
なお、退職勧奨の強度が強く、労働者が自由に判断できなかったときには、退職強要として解雇と同視されてしまうため、あくまでも社員の意思を尊重しながら進めるように注意が必要です。
解雇期間中に他社で働いていた
ここまでの主張はいずれも「解雇は有効」という心証を勝ち取るためのものですが、最後に、万が一裁判所(労働審判委員会)から「解雇は無効」との新紹介時を受けたとき、少しでも会社側の出費を減らすため、「解雇期間中に他社で働いていた」という事実についても主張しておく必要があります。
解雇が無効となってしまうと、解雇期間中の賃金(バックペイ)を支払わなければなりませんが、このとき、労働者が解雇期間中に他社から賃金を得ていたときには、6割までの限度で相殺し、バックペイを減額してもらうことができるからです。
まとめ
今回は、解雇を争う労働審判における、答弁書の書き方と反論のポイントについて解説しました。なお答弁書の書き方の基本についての解説もぜひご参照ください。
労働審判の中でも、解雇トラブルは「解雇したらすぐ労働審判を申し立てられた」といったケースが多く、会社側の準備期間が特に短くなってしまう傾向にあります。
解雇を検討しているときには、解雇前の段階から十分にその正当性を吟味してから進めなければなりません。労働審判になってからあわてて答弁書の準備をしているようでは、不利な結果となってしまうことは否めません。既に退職証明書、解雇理由通知書等で、適切な解雇理由を伝えている場合には、労働審判の答弁書はこれらをもとに作成していくことができます。
当事務所の労働審判サポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業の労働問題解決に明るい弁護士が多く在籍しており、解雇の労働審判にスピーディに対応します。
限られた時間で適切な答弁書を作成し、解雇有効の心証を勝ち取ったり、解決金を減額してもらったりするため、労働審判の豊富な解決実績を有する弁護士のアドバイスをお聞きください。
解雇の労働審判のよくある質問
- 不当解雇を争われた労働審判で、会社の反論にはどのようなものがありますか?
-
解雇は、厳しく制限されていることから、解雇理由が労働者側の事情なのか、会社側の事情なのかを特定した上で、解雇前にプロセスを踏んだが改善できなかったこと等を主張する必要があります。もっと詳しく知りたい方は「解雇の労働審判で、会社が検討すべき反論と、答弁書の書き方」をご覧ください。
- 解雇の労働審判の答弁書で注意すべき点はありますか?
-
解雇の労働審判では、紛争を拡大させず早期解決するため、金銭解決が可能かを検討し、求める解決方針を記載して社員側に伝えることが大切です。もっと詳しく知りたい方は「答弁書に、求める解決方針を書く」をご覧ください。