労働審判の終了事由は大きくわけて「調停成立」、「労働審判」、「その他(24条終了・取り消し等)」の3つがあります。裁判所の統計によれば調停成立(1位、70.3%)、労働審判(異議申立てなし)(2位、6.5%)の2つが7割以上を占め、かなりの割合が労働審判内で解決に至ることがわかっています。
労働審判は、3回以内の期日中に合意できれば「調停成立」、合意できないときは「労働審判」が下されるのがメインの流れです。そのため、調停成立で終了するのか、それとも調停不成立として審判をもらうのか、あらかじめ方針決定をしっかりしておかなければなりません。
このとき、労働審判の主たる終了事由である「調停成立」と「労働審判」のメリットやリスクを正しく把握し、どちらが有利かをケースに応じて検討する必要があります。
- 労働審判の主な終了事由は「調停成立」と「労働審判」の2つ
- 調停成立には、簡易迅速かつ柔軟な解決、非公開のまま解決できるといったメリットあり
- 訴訟に移行しても勝ちが見込めるときは、調停不成立として審判を下してもらう
なお、労働審判について深く知りたい方は次のまとめ解説をご覧ください。
まとめ 労働審判の会社側の対応を弁護士に依頼するメリットと、手続き・解決の流れ
↓↓ 解説動画(約10分) ↓↓
調停成立と審判の違い
労働審判は、簡易迅速かつ柔軟な解決を目指すために、話し合いを重視する制度です。
労働審判の手続のなかで、話し合いが成立して解決となるのが「調停成立」と呼ばれる終了事由です。冒頭でも解説したとおり、労働審判事件の約7割が調停成立で終了しています。これに対して、調停が不成立となったときに下される最終判断が「労働審判」と呼ばれる終了事由です。
初めに、調停成立と労働審判の違いについて、手続きの流れに沿って解説していきます。
調停成立までの流れ
労働審判では、第1回期日の前半で事実関係の聴取が行われ、第1回期日の後半から第2回、3回にかけて、調停による話し合いが行われます。このとき、証拠や席上での発言等によって確認できた事実をもとに、裁判所(労働審判委員会)から「どちらが有利か」という心証を開示してもらうことができます。
心証の開示とともに有利・不利の状況に応じて裁判所(労働審判委員会)から調停案が示されたり、説得を受けたりすることもあります。
裁判所から示された調停案に、労使双方が同意すれば「調停成立」となり、終了します。
調停調書の作成
調停成立時には調停調書を作成します(署名・押印等は不要です)。調停調書は、基本的には裁判所(労働審判委員会)が案を作成して提案してくれますが、会社側にとって不利な解決、リスクの残る解決となってしまわないようによく検討し、修正、追記を求めていく必要があることも多いです。
調停調書は、例えば次のようなものです。
- 相手方は申立人に対し、相手方が20XX年XX月XX日に申立人に対してした解雇の意思表示を撤回し、当事者双方は、申立人が相手方を同日付で合意退職したことを相互に確認する。
- 相手方は申立人に対し、解決金としてXXX万円の支払い義務があることを認め、これを20XX年XX月末日限り、申立人の指定する口座あてに振り込む方法により支払う。
- 申立人は、その余の請求を放棄する。
- 申立人及び相手方は、本調停に至る経緯をみだりに第三者に漏洩、口外しないことを確約する。
- 申立人及び相手方は、申立人と相手方の間に、本調停条項に定めるほか何らの債権債務のないことを相互に確認する。
- 手続費用は各自の負担とする。
上記の例は、解雇を撤回して合意退職とする代わりに解決金を支払うという、労働審判でよくある解決内容の1つです。双方とも口外しない(口外禁止条項)、今後はお互いに一切の請求をしない(清算条項)といった条項は、会社側にとっても有利にはたらくものですから、必ず挿れておくようにします。
調停不成立から審判までの流れ
これに対して、労使の合意が難しいとき、裁判所(労働審判委員会)が下す最終判断が「労働審判」です。手続きの名称である「労働審判」とまぎらわしいため、実務では単に「審判」と呼ぶこともあります。
審判に至るケースでも、あらかじめ調停段階から一定の心証を開示されていることが多いため、審判に至るときには、その心証にしたがった結論となるのが通常です。
労働審判が下されたとき、2週間以内に労使のいずれかが異議申立てをすれば自動的に訴訟に移行し、いずれからも異議がなければ審判が確定します。
調停成立と審判のどちらが会社に有利か
↓↓ 動画解説(約12分) ↓↓
次に、調停成立と審判のどちらが会社にとって有利か、メリットがあるかについて解説します。
労働審判事件において裁判所(労働審判委員会)から調停案が示されたとき、受け入れて調停成立とするのか、それとも拒否して争い、調停不成立とし、審判を下してもらうのか。どちらがよいのかを決断しなければなりません。
労働審判の期日では、労使と裁判所が協議をしながら進んでいくため、進行についてはある程度予測でき、コントロールすることができます。「調停成立にしたい」という方針であれば一定の譲歩をすることが検討される一方、「調停不成立として審判を下してもらいたい」という方針であれば調停を拒否する強い意思を示さなければなりません。
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調停成立で終了するメリット
調停成立とすることには、会社側にとって次のメリットがあります。
早期解決できる
調停成立で終了するメリットは、早期解決にあります。労働審判の趣旨である簡易迅速な解決は、労働者にとってメリットとなるだけでなく、紛争コストを削減する意味で企業にとっても大きなメリットです。労働問題は、感情面はともかく、経営に与えるインパクトがさほど大きくないことも多いです。労働審判内で金銭解決できるのであれば、一定の譲歩をして迅速に解決したほうがよいケースも少なくありません。
これに対して、調停不成立として審判に移行したときには、労働者側に異議申立てされてしまうと訴訟に移行し、紛争が長期化します。訴訟に対応するための弁護士費用等、追加の支出が発生することも考慮して検討しなければなりません。
柔軟に解決できる
調停は、話し合いによる解決なので、必ずしも法律のみにしたがった結論でなくても構いません。例えば、不当解雇と認められて敗訴してしまう可能性のあるケースで、「解雇を撤回して合意退職とし、代わりに解決金を払う」という解雇の金銭解決をすることがよくありますが、柔軟な解決の良い例です。
解雇の金銭解決については、次の動画で詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
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一方、調停不成立として審判を下してもらうときは、訴訟の判決ほどではないものの法律にしたがった形式的な判断となりやすく、よりドライな解決策となる傾向にあります。このことは、企業にとって予測しなかったリスクを生じさせるおそれがあります。更に、労働者から異議申立てされて訴訟に移行したときは、判決は勝訴か敗訴かしかなく、中間的で柔軟な解決は望めません(訴訟中でも和解は可能ですが、異議申立てされて訴訟移行したとき、和解へのハードルは高いものです)。
敗訴となったとき、すべてのリスクを会社側が負うこととなります。例えば、解雇紛争が長期化し、最終的に会社敗訴となったときは、かかった期間が長いほど高額の未払賃金(バックペイ)が発生します。
企業の秘密を守れる
労働審判は非公開が原則なので、労働審判内で解決するかぎり、そのなかで開示された秘密が外に漏れることはありません。調停成立で終了するときは口外禁止条項を定めるのが通例となっており、手続きの終了後も、労働者側から秘密がもれるのを防げるメリットもあります。
しかし、調停不成立となり審判を下され、労働者から異議申立てされてしまうと、訴訟は公開の法廷で行われます。そのため、訴訟において反論として提出した資料は、誰でも見ることができてしまいます。労働問題を抱えていると明らかになることは企業の信用低下にもつながります。
調停不成立として審判をもらうメリット
調停に応じず、調停不成立とし、労働審判を下してもらうメリットは次のとおりです。
不当な譲歩をする必要がない
調停成立のためには労使の合意が必要です。つまり、労働者側の納得が得られなければ調停は成立しません。そのため、どうしても金銭的に余裕のある会社側が譲歩をしなければならないような雰囲気になることがあります。
調停不成立として審判を下してもらう方針を選べば、不当な譲歩の要求に応じる必要はありません。訴訟移行しても勝訴の見込みが十分にあるとき、徹底的に反論して勝ち切ることを選択してもよいでしょう。徹底して勝ちにこだわることができたのに曖昧な解決に落ち着けてしまうと、経済的合理性はともかくも気持ちの整理がつかなくなってしまうおそれもあります。
他の社員への波及を抑止できる
労働審判で争われている問題が、未払残業代請求のように他社員にも波及するおそれのあるものだったとき、会社側としても安易に譲歩できないケースもあります。1人の社員に譲歩して調停成立としてしまったとき、他社員からも同じ請求を受けるおそれがあるときは、経済的合理性の点からしても、調停を不成立として訴訟に移行し、徹底抗戦を貫く必要があります。
労働審判は非公開が原則とはいえ、全社的な問題に発展してしまったとき、秘密の漏洩を事実上避けられないケースもあります。
会社が、調停には一切応じず徹底して争う姿勢を示していれば、必ずしも全社員が請求をしてくるわけではありません。会社に理解を示す社員や、紛争コストを払ってまで争うのは面倒だと考える社員に波及することは食い止められます。
調停成立で終了するときの注意点
上記のメリット・デメリットを比較した結果、調停成立で終了するほうがよいと考えるときは、労働者側の要求に一定の譲歩を示す等して合意形成できるよう努力するようにします。
労働審判を調停成立で終了するときの注意点について解説します。
調停成立とすべきケース
まず、調停成立とするのが適切なケースかどうか、よく検討してください。労働審判を調停成立で解決すべきケースには次のものがあります。
- 調停不成立とすると、会社に不利な審判が下るという心証が開示されている
- 訴訟に移行しても、会社の敗訴となる可能性が高い
- 解雇トラブルについて、不当解雇が無効となり復職してしまうことはどうしても避けたい
調停の効力と、違反したときの制裁
労働審判における調停には、裁判の判決と同じ効力があります。この効力を「執行力」といい、調停に違反したときには強制執行(財産の差押え)をすることができます。
そのため、調停に定められた金銭の支払いを怠ると、会社の預貯金や不動産等の財産を差押えされてしまうおそれがあります。調停は、話し合いで成立するものなので、守ることができるかどうかを事前に確認してから合意する必要があり、合意した以上は守らなければなりません。
調停不成立として審判をもらうときの注意点
調停不成立を選択すると、審判が下されることとなります。審判について労使ともに納得して受け入れれば確定し、解決に至りますが、2週間以内にいずれかが異議申立てをしたときは訴訟に移行します。
調停不成立として審判をもらうときの会社側の注意点について解説します。
調停不成立とすべきケース
まず、個別のケースに応じて調停不成立とすべきかどうかを検討します。調停不成立とすべきケースには、次のものがあります。
- 有利な労働審判が下される可能性が高いという心証が開示された
- 労働者の要求が不当に高い
- 裁判所(労働審判委員会)が、労働者保護の観点から会社に不当な譲歩を求めている
訴訟の見通しを踏まえて検討すべき
調停不成立として審判を下してもらうと、労働者側があきらめるケースでない限り、訴訟に移行して紛争が拡大する危険があります。そのため、訴訟になったときの見通しを踏まえた検討が必要です。
しっかり事前に検討しておかなければ、「調停を拒否して審判を出してもらったら会社にとって思いのほか不利な内容だった」とか、「労働審判に異議申立てされて訴訟移行したら、会社の完全敗訴となってしまった」といった大きな損失を被るおそれがあります。
労働者側への譲歩をせず、調停不成立を選択するときには、相当の覚悟をもって行わなければなりません。
まとめ
今回は、労働審判事件を終了する際に注意しておきたい、「調停成立」と「労働審判」という2つの主な終了事由について、その流れとメリット、リスク等について解説しました。
会社側で対応する際にも、基本的には調停成立を目指すという方針を原則としながら、ケースに応じて調停を拒否して不成立とするかどうかを検討していくこととなります。
当事務所の労働審判サポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業の労働問題解決に特化して知識経験を蓄積しており、なかでも、労働審判サポートに強みをもっています。
また、労働審判から訴訟に移行して解決したケースを多く経験しているため、訴訟に移行した場合の見通しも踏まえて、具体的なアドバイスを提供することができます。
労働審判のよくある質問
- 調停成立と審判のどちらが会社にとって有利ですか?
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基本的には、労働審判における早期解決のほうがコストが少なく済むため調停成立を目指すのが原則です。ただし、労働者の請求が不当な場合で、訴訟移行しても勝ちが見込めるような場合、調停不成立として審判をもらうほうが有利なケースもあります。もっと詳しく知りたい方は「調停成立と審判のどちらが会社に有利か」をご覧ください。
- 調停を成立させるときの注意点はありますか?
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調停は、話し合いによる合意を意味しており、また、調停調書には強制執行できるという強力な効果があることに注意しなければなりません。そのため、調停をするときは、守れるかどうかをよく検討しましょう。もっと詳しく知りたい方は「調停成立で終了するときの注意点」をご覧ください。