退職時の社内情報の持ち出しについて、企業から相談をお受けすることがあります。
退職者による情報持ち出しの問題は、小規模な企業ほど深刻なもの。
放置しておけば、機密情報やノウハウをライバル企業にとられ、不正に利用される危険もあります。
この問題を解決するためには、まず、退職時の秘密保持誓約書を書かせて、退職者による情報持ち出しを防止する対策を講じるべきです。
このとき、法的に有効な秘密保持誓約書を、会社で用意しておく必要があります。
不十分な情報管理体制では、情報が社外に漏れ出てしまってもしかたありません。
最近は、SNSの普及もあり、漏えいした情報がネットを介して急速に広まるリスクもあります。
社内情報が不正利用された結果、誹謗中傷されて企業イメージが低下したり、信用を失ったりといった風評被害のダメージも無視できません。
今回は、退職時の秘密保持誓約書の書き方と、誓約書を活用して情報持ち出しを防止するための対策のしかたについて、企業の労働問題に詳しい弁護士が解説します。
- 退職時の秘密保持誓約書により、営業秘密・ノウハウ、顧客情報を守れる
- 退職時の秘密保持誓約書の内容では、秘密情報を具体的に特定するのが大切
- 退職時の秘密保持誓約書への違反には、損害賠償、差止請求で対処できる
↓↓ 動画解説(約11分) ↓↓
退職時の秘密保持誓約書とは
秘密保持誓約書とは、会社が社員に書かせる、業務上の秘密を保持することを約束させるための書面。
秘密保持誓約書には、業務上知りえたあらゆる秘密について、情報漏えいや不正利用を防止するという重要な目的があります。
秘密保持誓約書に署名・押印すると、社員は会社に対して秘密保持義務を負います。
秘密保持義務は、「守秘義務」ともいうとおり、つまりは秘密を守る義務のことです。
働き方改革により多様な働き方が許容されている昨今、リモートワークでは職場の情報を社外に持ち出すこともしばしばあるものです。
終身雇用制は崩壊し、転職によるキャリア変更は当たり前のこととなりましたから、その際の情報流出を防止する必要は高まっています。
「誓約書」は、社員から会社への一方的な誓約ないし約束のこと。
これに対して「契約書」という名前だと、締結当事者双方の合意を意味します。
この点で、「秘密保持誓約書」は、会社間の取引時などに企業秘密を守るために交わす「秘密保持契約書」とは、性質が異なります。
秘密保持誓約書は「退職時」に結ぶのが大切!
会社として、重要な企業秘密を守りたいのであれば、秘密保持誓約書を、重要なタイミングごとに何度も、社員に書かせる必要があります。
よくある、秘密保持誓約書書かせるタイミングには、入社時、昇進時、重要なプロジェクトへの参加時、そして、退職時があります。
- 入社時の秘密保持誓約書
雇用契約書(労働契約書)、労働条件通知書、身元保証書とともに、入社時の必要書類。
新卒の場合では特に、情報セキュリティについて社会常識の教育、指導を要する。 - 昇進時、重要なプロジェクトへの参加時の秘密保持誓約書
昇進や重要プロジェクトへの参加し、より高度な機密情報にふれる可能性があるときには、このタイミングであらためて誓約書を取りつけ、注意、啓発する意味がある。 - 退職時の秘密保持誓約書
退職後の行動についてルールづくりをするとともに、貸与物返還、私物返却などにも注意。
社員であれば、雇用契約(労働契約)に付随する信義則上の義務として、在職中は秘密保持義務を当然に負います。
そのため、退職前は、あえて誓約書をかわさなくても秘密保持義務を負いますから、入社時や昇進時に秘密保持誓約書を交わすのは、あくまでもその「当然に負っている秘密保持義務」を確認し、注意をうながすにすぎません。
これに対して、退職した後は、当然に秘密保持義務を負うわけではありません。
退職後は、秘密保持義務は負わず、法的には、情報を漏らすこと自体に違法性はないことになります。
そのため、退職後の社員の行動を縛りたければ誓約書という根拠が必要です。
退職時こそ、労使の法律関係を最終的に清算するタイミング。
退職した後では、会社は社員に対して、もはや業務命令を下せませんから、この最終段階で作成する「退職時の秘密保持誓約書」こそ、企業秘密を守るために最も重要な書類なのです。
退職時の秘密保持誓約書と、不正競争防止法の関係
社内の秘密情報を守ってくれる法律として「不正競争防止法」があります。
社内の企業秘密が、①秘密管理性、②有用性、③非公知性、という3要件を満たすときは、不正競争防止法の「営業秘密」として保護を受けられます。
そのため、「営業秘密」にあたるならば、あえて誓約書や就業規則に定めがなくても、不正競争防止法によって情報漏えいを禁止できます。
不正競争防止法違反があれば、損害賠償請求、差止請求、信用回復措置の請求ができ、刑事罰を求める(告訴する)こともできるなど、強力な責任追及の手段となります。
しかし、不正競争防止法の「営業秘密」として保護を受けるためのハードルはとても高いもの。
特に、「秘密管理性」の要件を満たすには、常日頃から情報管理を徹底しなければなりません。
具体的には、物理的に情報への接触を制限したり、アクセス権をもつ者を制限し、かつ、アクセスした際にその情報が機密であると認識可能な状態にしたりといった情報セキュリティ対策が必要です。
企業規模が小さいほど、これらの不正競争防止法の要求する管理体制は取り組みづらいもの。
これまで情報セキュリティへの配慮のなかった会社が、いざ退職者に情報を持ち出された緊急時に、不正競争防止法を頼りに事後対策をしようというのは無理があります。
そのため、たとえ不正競争防止法の「営業秘密」にあたる可能性があるとしても、退職時には必ず、秘密保持誓約書を結んでおく意味があるのです。
退職時の秘密保持誓約書を結ぶ理由
退職時の秘密保持誓約書を結んでおくことには、企業側に、次の3つのメリットがあります。
どうしても辞めてほしい問題社員に退職勧奨をして、無事、退職に合意してもらえると「やめてもらえて助かった」と安心し、それ以上のケアを怠る会社も多いですが、退職時こそ、情報管理体制は万全にしてください。
「内部不正による情報セキュリティインシデント実態調査」(独立行政法人情報処理推進機構)でも、内部不正のうち「顧客情報など職務で知りえた情報の持ち出し」(2位・58.5%)、「個人情報を売買するなど職務で知りえた情報の目的外利用」(3位・40.5%)と、情報の持ち出しに関する不正が多い傾向にあります。
同調査によれば、持ち出し手段はUSBメモリへの保存が最多であり、不正行為は容易です。
上記のような内部不正による問題点も、退職時の秘密保持誓約書を結んでおけば避けられるケース問題が多いと理解し、必ず締結してください。
なお、在職中の守秘義務は、退職後に当然続くものではなく、就業規則や守秘義務に関する条項が締結されていなければ、退職後も信義則上の守秘義務が続くわけではないと判断した裁判例(東京地裁平成27年3月27日判決)もあるため、退職時の秘密保持誓約書を結ぶ必要性はとても高いといえます。
技術上の秘密やノウハウを守れる
重要な技術上の秘密やノウハウが社内にあるときは、退職時の秘密保持誓約書を交わしておけば、社員が退職後にそれらを不正利用することを禁止できます。
どんな情報が秘密として扱われるかは、企業規模や業種、業態によってさまざま。
そのため、会社ごとに、実情に応じた情報管理が徹底されなければ、重要な技術上の秘密やノウハウを守れません。
退職時の秘密保持誓約書を結んでおけば、違反があったときすみやかに、誓約書を根拠にして損害賠償請求、差止請求をして、秘密を守ることができます。
顧客情報の持ち出しを防止できる
退職時の秘密保持誓約書で守られる秘密には、商品やサービスに関する情報だけでなく、顧客情報も含みます。
顧客情報の持ち出しを防止すれば、いわゆる「顧客の引き抜き」を防ぎ、社員の退職による売上減少を予防することができます。
専門性の高い業種ほど、顧客は「会社」ではなく「人」につきます。
そのため、社員が退社してしまうと一定数の顧客をとられるリスクがありますが、広告費・宣伝費をかけて育ててきた顧客情報は、企業の宝といってもよいでしょう。
退職時の秘密保持誓約書を交わすことで、顧客が持っていかれないよう対策を講じられます。
顧客情報の持ち出しだけでなく、顧客との取引を禁止するという誓約書の例もあります。
退職後のトラブルを避けられる
会社に不平不満を持っていると、退職して人間関係のしがらみから開放されるとすぐに、在職中に請求したかった権利について強く要求してくるケースもあります。
将来予想される請求は、例えば、未払賃金請求、残業代請求、ハラスメントの慰謝料請求など。
退職時の誓約書に、秘密保持とあわせて「在職時の請求権について放棄する」と誓約させておけば、退職後の請求を避けることができます。
このような権利を放棄する条項は、社員にとって不利な内容ですが、強制ではなく自由意思で署名・押印させていれば、有効なものと認められる可能性が高いです。
退職時の秘密保持誓約書の書き方【ひな形あり】
次に、退職時の秘密保持誓約書について、どんな条項にしたらよいか、書き方を解説します。
社員の退職はいつ突然起こるかわかりませんから、誓約書をすぐ書かせられるよう準備は早めにしてください。
必ず定めるべき条項は、次のとおりです。
以下では、退職時の秘密保持誓約書のサンプルを示しますが、あくまでもひな形にすぎません。
個別の事情にあわせて追記・修正するなど、ケースにあわせた誓約書とすることが活用のポイントです。
第1条丨秘密情報の特定
第1条 秘密情報の特定
本誓約書において「秘密情報」とは、以下の情報を指すものとする。
- 営業秘密、ノウハウ、その他の会社が保有する有用かつ非公知で、秘密として管理された情報
- 会社の経営上の情報(経営戦略、経営方針、価格決定に関する情報、取引先との取引金額、業務提携等の情報)
- 会社の財務上、人事上、組織等に関する情報
- 顧客情報等の個人情報
- 前各号のほか、会社が秘密情報として指定した一切の情報
退職時の秘密保持誓約書を、有効に作るために、保護される「秘密情報」を特定し、明確にしなければなりません。
保護される「秘密情報」がどんな種類か、また、どこまでの範囲かがわからなければ、社員にとって曖昧なものとなってしまい、不当に広い義務を課されてしまうおそれがあるためです。
そのため、退職時の秘密保持誓約書には、はじめに秘密情報の定義が必要です。
会社側で検討する際は、自社にとって重要な情報、秘密を守りたい情報、漏えいすると不利益の大きい情報を列挙し、できるだけ限定的に、かつ、わかりやすく具体化するようにしてください。
「すべて秘密に決まっている」と欲張った結果、誓約書が無効と判断されては元も子もありません。
例えば、技術上の情報やノウハウ、人事情報、経営・財務に関する情報、顧客情報や取引先に関する情報などが、よく列挙される内容です。
「企業が有する一切の営業上の秘密」など、定義が広く抽象的だと、退職時の秘密保持誓約書としてふさわしくありません。
最悪のケースでは無効となってしまうことも。
「いかなる情報が本件各秘密合意によって保護の対象となる本件機密事項等にあたるのか不明といわざるを得ない」として、秘密保持義務を無効とした裁判例(東京地裁平成20年11月26日判決)もあるので注意を要します。
第2条丨秘密保持義務
私は、貴社を退職後も、秘密情報を第三者に開示、漏えいせず、使用もしないことを誓約します。
次に、誓約書の最も重要な部分である、「退職後も社員は秘密保持義務を負う」という条項を定めます。
このとき、開示、漏えいとともに、使用することも禁止するのが通例です。
次条で定めるとおり、物理的に破棄、返還できるような書面や電磁的記録についてはもちろんですが、破棄、返還のできない社員の記憶などが残っている場合に備えて、必ず秘密保持義務を課しておく必要があります。
第3条丨秘密情報の破棄ないし返還
私は、貴社を退職するにあたり、退職日までに秘密情報の原本、複製物、電磁的記録について、貴社の指示にしたがって破棄ないし返還し、退職日以降自ら保有しないことを誓約します。
原本の破棄ないし返還、コピーやデータなどの複製物の破棄ないし返還のうち、会社にとって必要なすべての処理を選択し、もらさず記載してください。
上記書式のように定めたときは、PCに残ったデータやメール、LINE、スマホの電話帳データ、もらった名刺なども、誓約書における保護の対象となります。
企業秘密の漏えいを防止するという強い効果を望むなら、まずは、すべて返還させるのが原則です。
ただ、返還が難しい場合や、わざわざ返還させるのも面倒な書類があるときは、破棄を選択するケースもあります。
そのため、「破棄か、返還か」は、会社が指示できるような定め方がよいでしょう。
破棄の場合、業者に委託して処理し、廃棄証明書をもらうなど、破棄方法も指定するのが確実です。
また、退職日以降に保有しないと、誓約書で表明させておくことによって、退職後に、誓約書違反の責任を追及しやすくしておくのがポイントです。
第4条丨違反に対する制裁
本誓約書に違反し、秘密情報を開示、漏えい又は使用したときは、民事上、刑事上の法的責任を負担することを確認し、その際に貴社の負った損害(弁護士費用を含む)を賠償することを誓約します。
最後に、違反に対する制裁として、損害賠償責任を負うことを定めておきます。
民事責任はもちろんのこと、刑事責任を負うことを定め、退職後の情報持ち出しへの抑止力とします。
在職中に重要な役職についていた社員のケースなど、秘密を漏らすと大きな損失が予想されるときは、予想される損害額を違約金として定めておく例もあります。
退職時の秘密保持誓約書へのサインを拒否されたときの対応
退職時の秘密保持誓約書を準備しても、サインを拒否されてしまうことも。
退職時に交わす誓約書は、法律上の義務ではありませんから、労働者側からしても、無条件に合意しなければならないわけではありません。
社員が拒否しているのに、情報漏えいを恐れるあまりしつこくサインを強要してしまうと、後から「誓約書に関する意思表示に瑕疵があった」と主張され、誓約書の無効を主張されるリスクもあります。
このとき、退職時の秘密保持誓約書について、だまして署名させたときには詐欺(民法95条1項)、脅して署名させたなら強迫(民法95条1項)、内容についての理解が不足したままサインさせたときは錯誤(民法96条)により、労働者側から取り消すことができます。
そのため、社員側に疑問の残ったまま、退職時の秘密保持誓約書にサインするようプレッシャーをかけたり、強く迫ったり、何度もしつこく連絡してはなりません。
疑問点があるようなら丁寧に説明し、理解するまで説得します。
社員が「持ち帰って検討したい」と希望するとき、さまたげてはならず、持ち帰らせるようにします。
内容が適切であれば、たとえ社員が持ち帰って弁護士に相談しても、会社の不利にはなりません。
どうしても守らなければならない重要な機密やノウハウを持つ社員の退職時には、退職金の上積み、解決金の支払いなど、金銭的条件をより良くして交渉すべきケースもあります。
このとき、社員側から、「○○という内容に変更してくれるならサインできる」といったように、交換条件や代替案を提示されることもあります。
社員も、少しでも円満に退職したいために交渉してくるのです。
退職時の秘密保持誓約書も万能ではありませんから、あまりに広い制限や、企業側にとって有利すぎる内容で結ぶことにこだわるより、このような社員の交渉をある程度聞いて譲歩し、適切な内容で結んでおくのがおすすめです。
退職時の秘密保持誓約書に違反があったときの対応
退職時の秘密保持誓約書を結んだ後、違反があったと判明したときの3つの対処法を解説します。
情報が持ち出されたり、企業秘密が外部に漏らされてしまったといった被害が生じた時にも、誓約書がきちんと作成されていれば、速やかに対処できます。
損害賠償請求する
退職時の秘密保持誓約書を交わした社員が、これに違反したと明らかになったときは、損害賠償を請求できます。
ただし、損害賠償請求のためには、誓約書の内容が適切で、法的に有効でなければなりません。
重要なポイントは、退職時の秘密保持誓約書への違反を理由に損害賠償を請求するとき、「違反した事実」と「損害」について、企業側で立証しなければならない点です。
このとき、会社が負った全損害を請求できるわけではなく、あくまでも、「誓約書違反」という違法行為と因果関係のある損害が請求できるに限られます。
そのため、誓約書への違反について責任追及したいときは、社員が退職後も、誓約書に違反していないかどうか、目を光らせておく必要があるのです。
差止請求する
差止請求とは、違法行為の緊急性が高いときに、その行為を差し止めるための裁判手続です。
そのため、損害賠償請求に比べても、認められる可能性は低いものと考えなければなりません。
退職時の秘密保持誓約書への違反についても、原則的には損害賠償請求で対応すべきであり、お金では解決することの難しい重大かつ緊急なケースについて、差止請求を検討することとなります。
刑事罰を求める(告訴する)
退職時の秘密保持誓約書に違反があったときの対応には、損害賠償請求、差止請求といった民事上の責任追及のほかに、刑事責任の追及ぶもあります。
不正競争防止法における「営業秘密」の侵害には、刑事罰が定められているためです。
自分が被害者となった犯罪行為について、刑事罰を求めることを「告訴」といいます。
警察と協力連携し、告訴をするなどして刑事処分を求めることも検討してください。
退職時に、秘密保持誓約書とあわせて取得すべき書類
退職時は、労使関係の終了であり、この際に、さまざまな法律関係を清算しなければなりません。
そのため、退職時には、秘密保持誓約書はもちろん、誓約書とあわせて取得すべき書類が多くあります。
退職合意書
退職時に、労使の合意事項を書面に記したのが、退職合意書です。
どのような退職理由であっても、少しでも退職後にもめそうな気配を感じるなら、退職合意書は必須です。
退職合意書のなかで、今回解説するような秘密保持についても定める例もありますが、重要な企業秘密の多いときには、退職合意書とは別に、退職時の秘密保持誓約書を定めておくほうがよいでしょう。
あえて別の書面とすることで、秘密保持が特に重要なものだと社員に理解させることにもつながります。
退職合意書の書き方と注意点などは、次の解説をご覧ください。
↓↓ 動画解説(約14分) ↓↓
退職後の競業避止義務に関する誓約書
退職後に、同業他社への就職を禁止するのが「競業避止義務」です。
秘密保持誓約書とともに、退職後の競業避止義務に関する誓約書もあわせて結べば、企業秘密やノウハウの漏えいを防止するだけでなく、そもそも競合への入社を阻止できますので、より深く企業の情報を守ることができます。
しかし、競業避止義務は、憲法上の権利である「職業選択の自由」(憲法22条1項)を害します。
そのため、無制限には認められません。
ライバル企業に一切転職できないとすれば、能力・経験を活かせず、転職できなかったり、少なくともこれまで通りの収入が確保できなくなったりするからです。
退職後の競業避止義務に関する誓約書を有効なものとするためには、競業を禁止する地域、期間、職種についての制限を設けたり、金銭を払うなどの代償措置を設けたりするなど、労働者の不利益を減らすための工夫が必要。
自社にとって、禁止が必要な行為をできるだけ細かく特定し、限定的に禁止するのがポイントです。
退職時の秘密保持誓約書を交わすときの注意点
最後に、退職時の秘密保持誓約書を交わすとき、企業側で注意しておくべきポイントを解説します。
不当な内容の誓約書は、無効となる
労使間の関係は、使用者のほうが労働者よりも強いと考えられています。
そのため、退職時の秘密保持誓約書が、あまりに労働者側にとって不利な内容だと、せっかく作った誓約書自体が無効だと評価されるおそれがあります。
具体的には、公序良俗違反(民法90条)を理由に、あまりに不当な内容は無効と判断されます。
このとき、退職する社員の署名・押印がきちんとなされた誓約書でも、法的効力を生じません。
不当な内容として無効になるかどうかは、会社側が秘密保持義務を定める必要性と、社員側の制限とのバランスがとれているかどうかで判断されます。
少しでも無効と判断されるリスクを低減するには、「秘密」とされる情報の種類・範囲を制限したり、金銭を交付するなどの代償措置を講じたりといった対策により、社員側の不利益を小さくする方法が有効です。
退職金を払わないのは違法のおそれあり
退職時の秘密保持誓約書について、労使間で対立があるケースでは、企業側から「納得いかないので、退職金を払いたくない」というご相談を受けることもあります。
しかし、退職金は、退職金規程に定められたルールにしたがって払う金銭。
退職金を払わなくてもよい理由が、規程上に定められていればよいですが、「退職時の秘密保持誓約書にサインをしなかった」ということを理由にして退職金を減額したり、不支給としたりすることはできません。
退職自体はさまたげられない
労働者には退職の自由がありますから、会社は、社員の退職をさまたげることができません。
そのため、退職時の秘密保持誓約書にサインをしなかったからといって、会社は退職を拒否してはなりません。
終身雇用制が崩壊した現代に、転職によるキャリア変更を規制するのは困難です。
退職を拒否するような違法な対応は「在職強要」とも呼ばれ、社会問題化。
退職代行サービスという新たなビジネスを生んでいます。
退職時の秘密保持契約書を結ばせようとして、「退職届を受け取らない」などとプレッシャーをかけた結果、弁護士などから退職代行の連絡を受けてしまえば、ますます労働問題が激化してしまいます。
まとめ
今回は、退職時の秘密保持誓約書について、その内容や注意点を、企業側の立場で解説しました。
退職時こそ、問題社員対応のゴールですが、ここで気を抜いてしまっては、せっかくの労務管理が台無しになってしまいますから、最後まで気を引き締めていかなければなりません。
当事務所のサポート
弁護士法人浅野総合法律事務所では、企業の労働問題の解決を得意としています。
大切な企業秘密を守るには、退職時の秘密保持誓約書を有効なものとするため、弁護士に作成を依頼するのがおすすめ。
このとき、誓約書の作成とあわせて、その他の情報管理体制の整備についても、企業の規模や業種など状況に応じた対策をご提案できます。
退職時の秘密保持誓約書のよくある質問
- 退職時の秘密保持誓約書に、メリットはありますか?
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退職時の秘密保持誓約書を交わすことにより、営業秘密やノウハウ、人事上の秘密、経営情報、顧客情報など、社内の情報を守ることができ、社員が退職することによる影響を低減できます。詳しくは「退職時の秘密保持誓約書を結ぶ理由」をご覧ください。
- 退職時の秘密保持誓約書への違反があったら、どう対処すべきですか?
-
退職時の秘密保持誓約書を有効に締結できていれば、違反があり、情報の持ち出しなどが発覚したときは、損害賠償請求、差止請求によって対処できます。もっと詳しく知りたい方は「退職時の秘密保持誓約書に違反があったときの対応」をご覧ください。