「GPSで、従業員の位置情報をチェックして労務管理することができますか?」という、会社側(企業側)でよくある労務管理についての相談に、弁護士が回答していきます。
スマートフォンをはじめ、GPSの小型化により、従業員の位置情報を、簡単にチェックできるようになりました。しかし、従業員から厳しい反発を受けることもあります。
よくある法律相談
外回りの営業マンに業務日報を提出させているが、きちんと仕事をしているかGPSで確認したい。
会社の目の届かないところで、業務時間中にサボっていないかどうか、携帯電話のGPS機能を活用して調べたい。
残業代請求をしてきた社員のGPSの位置情報を調べ、仕事をしていなかったことを証明したい。
このような法律相談が、会社側(企業側)からよく寄せられます。GPS、位置情報を活用した労務管理は、違法でしょうか。
雇用契約により、会社は、業務時間中(就業時間中)は労働者に対して業務命令をする権利を有します。しかし、GPSで位置情報を取得するとなると、社員のプライバシー・個人情報との関連もあります。
会社外で活動する社員の労務管理に、GPSによる位置情報を活用するときは、労働法の裁判例やプライバシーの考え方について、十分な理解が必要です。
目次
浅野英之
弁護士法人浅野総合法律事務所、弁護士の浅野です。
仕事をしていないのに残業代請求をしてきたり、外回りを指示されても寄り道してサボっていたりする問題社員への対応には、GPSによる位置情報の取得が有用なケースがあります。
しかし、GPSによる労務管理には、デメリットもあります。有効活用するには、理解しておかなければならない労働法におけるポイントが多くあります。
業務時間内のGPSによる位置情報の把握は適法!
業務時間内に、労務管理を目的として行うのであれば、会社がGPSによって社員の位置情報を取得することは、適法であると考えられています。
ただし、GPSによる労務管理を適法に運用するためには「時間」「目的」「態様」などに注意が必要です。
以下では、適法性を判断するためのポイントごとに、適法に位置情報を取得するための注意点を解説していきます。
業務時間内に限定すること
労働者は、業務時間中(就業時間中)は、会社の業務に専念する義務があります。これを「職務専念義務」といいます。
労働者に「職務専念義務」を果たさせるために、会社が、業務時間中(就業時間中)に、労働者の位置を把握しておくことには問題はなく、GPSによって行うことも適法です。
業務時間外には、GPSによる位置情報を取得しないよう、注意が必要です。例えば、業務時間外にはGPSを利用しない方法には、次のような方法があります。
ポイント
- GPSを会社所有の営業車にとりつける(営業車の私用は認めない。)。
- GPSを個人所有の営業車にとりつけ、退社時に外すよう指示する。
- 会社携帯のGPS情報を取得するが、業務時間外は会社携帯をOFFにするよう指示する。
- 個人携帯のGPS情報を取得するが、業務時間外は必ずGPSアプリを終了する。
従業員に対しても、「業務時間外は、GPS情報を取得していない」ことを、明確に説明してください。
会社所有の車両であること
営業マンの利用する営業車は、会社所有のものであるケースが多いかと思います。会社所有の営業車であれば、これにGPSをつけることは何ら問題ありません。
営業車を私用で使うことを特別に許可しているのでない限り、営業車を利用するということは、業務時間中(就業時間中)であると考えてよいでしょう。
GPSの位置情報を取得した結果、営業車で業務時間中に、パチンコやサウナにいった事実が発覚すれば、営業車の不正利用であり、職務専念義務違反ですので、注意指導や処罰が必要です。
労務管理を目的としていること
会社が、労働者の位置情報を取得し、管理することの目的が適切なものである必要があります。すなわち、会社による労務管理を目的としてのみ、GPSの位置情報を取得することが許されるとお考え下さい。
社員に対してハラスメントを行ったり、嫌がらせをしたりすることが目的の場合、業務時間中であれども許されません。
会社が、労働者の位置情報を取得し、労務管理することには、次のような正当な目的があります。
ポイント
- 営業車の不正利用を防止する目的
- 職務専念義務違反を防止する目的
- 営業先を把握する目的
- 業務効率を向上する目的
- 緊急時に居場所を把握する目的
方法・態様がプライバシー侵害でないこと
GPSによる位置情報の取得が、労務管理を目的としている場合には、その取得の方法・態様もまた、その目的に適した範囲で行う必要があります。
過度に情報を取得した結果、従業員のプライバシーを侵害する方法・態様は、違法と評価される可能性が高まります。
会社内で就業する労働者は、当然にその居場所を会社に把握されていますから、外回りの営業だからといって「位置情報を把握されたらプライバシー侵害だ」ということにはなりません。
GPSによる労務管理のデメリット
GPSの位置情報を取得して、これを活用した労務管理を行うことは、会社側(企業側)にとって非常に便利です。
これまで「サボっているのではないか」と疑心暗鬼になっていた外回り営業マンの業務態様も、手に取るように理解することができます。
しかし一方で、GPSによる労務管理には、次のようなデメリットがあります。
社員からの反発を招くおそれ
GPSによって労務管理をすることによるデメリットとして、「プライバシー侵害ではないか。」、「奴隷のようで、人権侵害だ。」という、社員からの反発を招くおそれがあることがあげられます。
特に、会社が、労働者を四六時中監視しているかのように、GPSの位置情報を参考にして口うるさく注意指導すれば、反発もなお強くなるでしょう。
しかし、業務時間中(就業時間中)であり、職務専念義務を負っている時間中は、労働者は、会社に位置を把握されることについて受忍すべきと考えられます。次に解説するとおり、事前説明が有効です。
社員のモチベーションを下げるおそれ
以上の検討により、法的には、GPSによる位置情報を取得しても問題がない場合であっても、事実上のデメリットがあることをご理解いただけたことでしょう。
労働者からの反発を招くと、結果的に「監視されている。」という気持ちが、労働者の仕事に対するモチベーションを低下させるおそれがあります。
締め付けすぎず、ある程度の「サボリ」も容認しながら、労働者の自主性に委ねたほうが、結果的に営業効率がよくなり、業績を向上させることもあります。
「みなし労働時間制」が無効となるおそれ
外回り営業マンなど、事業場外で労働し、労働時間を算定し難い社員に、「事業場外労働のみなし労働時間制」という制度を採用することがあります。
実際に何時間労働したかにかかわらず、みなし時間分だけ労働したこととする制度です。
しかし、「事業場外労働のみなし労働時間制」は、労働時間を容易に把握できる場合には利用できません。
業務時間中(就業時間中)のGPS情報を取得することで、会社は外回り営業マンであっても、労働時間を把握することができます。
このことを理解せず、GPSの位置情報を把握しながら「事業場外労働のみなし労働時間制」を適用して残業代を支払っていないと、事後に、高額の未払残業代を請求されるおそれがあります。
労働時間が長時間化するおそれ
GPSによって位置情報を取得してよいのは、労働者が「職務専念義務」を負う業務時間中(就業時間中)のみであると理解いただけたことでしょう。
すると、むしろ逆に、GPSの位置情報を把握していることによって、「労働時間であった。」と主張されやすくなるという側面があります。
残業代の問題は複雑で、業務時間の前後の準備時間、片付け時間、休憩時間などが、残業代の発生する「労働時間」かどうかは、よく争いになる論点です。
GPSによる労務管理のポイント
GPSを搭載したり、位置情報を取得したりする場合には、社員側(従業員側)から反発を招かないよう、以下のポイントに注意して進めましょう。
GPSの位置情報を把握することで、残業代や長時間労働の問題について、合理的に管理することができるようになる一方、デメリットをしっかり理解して、労働トラブルとならない運用を徹底してください。
目的を説明し、理解を得る
会社がGPSによって位置情報を取得することが、ここまでの検討の結果「適法」とされるケースであったとしても、労働者側としては「監視されている」と不快に感じる人もいるでしょう。
仕事は楽しいことばかりではありませんから、労働者が不快感を抱くとしても、正しい目的のもとに最低限の方法をとる限り、しっかり説明をして理解を得る必要があります。
GPSを取り付けたり、位置情報を取得したりするときは、社員に対して、事前に「目的」と「利用範囲」を説明し、理解を得る努力をします。
細かすぎる注意をしない
外回り営業の帰りに少し寄り道をしたり、トイレ休憩、タバコ休憩をしたりといった、ちょっとした休憩は、誰しも経験があるのではないでしょうか。
GPSで位置情報を取得していることによって、少しの休憩や駐車だけで口うるさく注意指導をすると、「プライバシー侵害ではないか。」という社員からの反発を招きやすくなります。
GPSで位置情報を取得していたとしても、あまりに細かすぎることまで、「何していたのか。」、「もっと早く帰ってこれるだろう。」等と注意指導しないようにすることが、GPSによる労務管理のポイントです。
事前に就業規則に規定する
会社内全体に適用されるルールは、就業規則などの会社が周知している規程に定めておくことが基本です。
就業規則などの規程に定めておくことによって、社員全体に周知することができ、あらかじめ理解を求めることができるからです。GPSについて、就業規則の特則を定めることもお勧めです。
会社と社員の雇用関係は、信頼関係によって成り立っています。隠れて無断でGPSの位置情報を把握すれば、事後に発覚したとき、より大きな反発を招くこととなります。
GPSの位置情報取得についての裁判例
会社が、社員の位置情報をGPSによって把握していたことが問題となった裁判例に、「東起業事件(東京地裁平成24年5月31日判決)」があります。
この裁判例では、会社の元支店長が、在職中に請負代金の水増し請求という「不正行為」をしていたことが問題となり、会社が、この水増し請求を証明するためにGPSの位置情報を確認したことが問題となりました。
この裁判例では、GPSによる位置情報の確認について、次の2点のポイントをが示されました。
ポイント
- GPSの位置情報確認によって、勤務時間帯及びその前後の、従業員の勤務状況を確認することは違法ではない。
- 早朝、深夜、休日等、業務時間外の位置情報を確認することは原則として許されない。
その結果、労働者による不正行為は真実であったものの、裁判所は会社に対して、業務時間外の位置情報の把握について、10万円の慰謝料の支払を命じました。
もっと詳しく!
「東起業事件」で、会社側は、元支店長が「宿泊費の不正」など、早朝、深夜の所在を確認する必要もあると主張をしましたが、認められませんでした。
裁判所は、早朝、深夜の所在確認を認めなかった理由として、まずはGPSによる位置情報の確認をする前に、本人からの事情聴取を優先すべきであることを挙げました。
それほどに、業務時間外(就業時間外)のGPSによる位置情報の確認は、違法であると評価されやすい行為であり、慎重になるべきなのです。
会社側の労務管理は、弁護士にお任せください
いかがだったでしょうか?
今回は、「労働者の位置情報を、GPSによって管理・把握したい。」という、会社側(企業側)から弁護士に対してよくある法律相談に対して、対応方法と注意点を解説しました。
労働者の位置情報を、GPSによって把握することによって、仕事に集中しない問題社員を指導したり、残業代請求の対策をしたりすることができます。
しかし一方で、労働者から「監視をされているようだ。」と反発を招いて業務効率を低下させるおそれもあります。GPSによる位置情報把握は、正しい方法で導入しなければ、デメリットも大きいといえるでしょう。
問題社員への対応、残業代請求への対応に苦慮されている会社は、ぜひ、GPSを導入する前に、弁護士に法律相談ください。
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弁護士法人浅野総合法律事務所(東京都中央区)では、労働問題と企業法務しています。 会社で、常日頃から問題となる労働問題と企業法務に特化することで、会社を経営する社長、人事労務の担当者の目線に立って、親 ...
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まとめ
企業の労働問題解決ナビをご覧いただき、誠にありがとうございます。
問題社員対応は、いつの時代も、会社側(企業側)の大きな悩みとなります。今回の解説では、次のことをご理解いただけます。
解説まとめ
GPSによる社員の位置情報が違法か?適法か?
GPSによる社員の位置情報を、適法に把握するための方法と条件
GPSにより社員の位置情報を把握することのデメリットと、これを解消するための注意点
会社側(企業側)で、労働トラブルの原因とならないよう、正しい労務管理を進める必要があります。
問題社員対応、残業代請求にお悩みの会社は、問題社員対応を多数解決した実績ある弁護士にご相談ください。