採用時の労働条件の明示義務│求人広告の情報は労働条件になるか?

「求人詐欺」という言葉が騒がれています。

「求人詐欺」とは、求人広告の内容と実際の雇用契約、就労実態が大きく異なるケースを端的に表しています。

「求人詐欺」をする会社だと噂されれば「ブラック企業」とのレッテルを貼られ、採用段階で良い人材の獲得が困難となることは当然、社会的信用の低下や売上低下にも繋がりかねません。

本来、求人情報・求人広告は雇用契約の内容となる労働条件それ自体ではないことから、労働条件の内容は改めて明示したものを内容とすることで構わないのですが、一定の場合には法的責任を追及される可能性があり、また、現在の社会情勢の下では「求人詐欺」との悪名を負うリスクもありますから、注意が必要です。

「求人広告の内容=労働契約の内容」ではない

求人広告の内容は、あくまでも募集段階で一般に示された労働条件に過ぎず、労働契約の内容となる労働条件ではありません。

労働契約の内容となる労働条件は、雇用の際に労働条件明示義務(労基法15条)に従って明示され、雇用契約書に記載され、就業規則に規定されて周知された内容をいいます。

裁判例においても同様に、求人広告の内容が必ずしも雇用契約の内容となるものではないとの判断から、求人広告と異なる賃金額、業務内容で雇用することを認めたものがあります。

「求人広告の内容=申込みの誘因」とする裁判例

では、求人広告の内容には、どのような意味があるのでしょうか。

裁判例では、次の通り述べて、求人広告とは「雇用契約の申込みの誘因」であるとしています。

藍沢證券事件(東京地裁平成21年9月28日判決)

雇用契約が使用者と従業員となろうとする者の双方の具体的事情を踏まえて内容が決定されるものであることから、使用者による就職希望者に対する求人は、雇用契約の申込の誘因であり、その後の採用面接等の協議の結果、就職希望者と使用者との間に求人票と異なる合意がされたときは、従業員となろうとする者の側に著しい不利益をもたらす等特段の事情がない限り、合意の内容が求人票記載の内容に優先すると解するのが相当である。

           

「申込みの誘因」とは、申込み自体ではないことから、これに対して承諾があったからといってその内容通りの労働契約が成立するわけではなく、あくまでも、相手方(労働者)からの申し込みを受け、これに対して改めて承諾をするか否かの意思表示を決定することができ、承諾をして初めて労働条件の内容として決定されるというものです。

会社からの雇用契約の申込みがあったと評価される場合には、相手方(労働者)からの承諾があれば、その労働条件で雇用契約が成立することから、「申し込み」と「申し込みの誘因」とは厳格に区別されています。

求人票に基づく請求を否定した裁判例

この他、裁判例においては、求人広告・求人票に記載した労働条件に基づく請求を行った労働者に対し、求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となっていないことを理由として労働者の請求を認めなかったものがあります。

  • 八洲測量賃金請求事件(東京高裁昭和58年12月19日判決)
  • ・・・求人票に記載された賃金が、実際の労働条件より高額であったため、労働者が差額賃金を請求したが、認められなかったケース

  • 協同商事事件(さいたま地裁川越支部平成19年6月28日判決)
  • ・・・求人票に記載された職種に限定して雇用されたわけではなく、その他に職種限定を合意した事実はないと判断したケース

    
 
いずれも、労働契約の内容は、求人票、求人広告とは別に、その後の面談、労働条件明示、雇用契約書締結、就業規則の周知等によって別の労働条件に確定していたというケースです。

どのような求人詐欺が問題となるのか

原則としては以上で解説した通り、求人広告・求人票の内容は雇用契約における労働条件を決定するものではないとすれば、「求人詐欺」として問題となるのは、次のケースです。

  • 雇用契約書が作成されておらず、労働条件について労働者の誤信を誘導した場合
  • 検討期間を置かず、雇用契約の締結を強要した場合

この場合、裁判例に照らしても、「従業員となろうとする者の側に著しい不利益をもたらす等特段の事情」があるとして、求人票記載の内容が雇用契約における労働条件の内容となると判断されるおそれがあります。

労働条件明示義務(労基法15条)

労働基準法では、労働契約締結の際に、会社が労働者に対して雇用契約の内容となる労働条件を明示することを義務付けています。

労働基準法15条1項

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

     
労働条件明示義務が適切に果たされない場合には、30万円以下の罰金という刑事罰が規定されています。

明示すべきとされる労働条件は、労働基準法施行規則5条において次の通り定められています。

  • 労働契約の期間
  • 就業の場所、従事すべき業務
  • 始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
  • 賃金の決定、計算・支払の方法及び賃金の締切・支払の時期、昇給
  • 退職に関する事項(解雇の自由を含む)
  • 労働基準法施行規則5条4号の2~11号までの事項

          
また、これに加えて、パートタイム労働者(通常の労働者に比べて労働時間の短い労働者をいいます)を雇用する場合には、パートタイム労働法において、次の労働条件の明示が義務付けられています。

こちらもまた、労働条件明示義務が適切に果たされない場合には、10万円以下の過料の制裁があります。

  • 昇給の有無
  • 退職手当の有無
  • 賞与の有無

不適切な求人により法的責任が生じる場合とは?

求人広告・求人票の内容が雇用契約における労働条件の内容とはならないことが原則ですが、不適切な求人、採用活動を行った場合には法的責任が生じる場合があり得ます。裁判例においても、次の通り法的責任を肯定したケースがありますから、注意が必要です。

これらの裁判例から、不適切な求人による法的責任を生じないためには、労働者に対する適切かつ適時の説明が重要であるといえるでしょう。

したがって、求人広告・求人票は、できる限り変更を要しない内容の労働条件を記載することは当然ですが、求人、採用面談等の過程で、万が一求人段階で記載した労働条件を変更する必要が明らかとなった場合には、即座に労働者に十分な説明をし、理解を求めるべきです。

労働条件の低下を不法行為としたケース

会社が労働者に対して、一方的に、求人広告より著しく低い労働条件を内容とする雇用契約を締結したことが、会社側の不適切な求人行為が信義誠実の原則に反して不法行為となると判断し、慰謝料請求を認めたケースとして、日新火災海上保険事件(東京高裁平成12年4月19日判決)があります。

就職機会の喪失を不法行為としたケース

雇用契約締結過程において、会社側に問題があって適切な時期における他社への就職機会を失ったことを理由に、会社側の不適切な求人行為が信義誠実の原則に反して不法行為となると判断し、慰謝料請求を認めたケースとして、ユタカ精工事件(大阪地裁平成17年9月9日判決)があります。

まとめ

採用時には、会社は「採用の自由」を有しており、どの労働者と、どのような条件で雇用契約を締結するかは、企業側の裁量に委ねられています。

労働問題が噴出したとき、採用の時点での不適切な対応が原因であると思われる相談ケースも多く存在します。

求人広告の内容と雇用契約、就労実態が大きく異なる場合「求人詐欺」をするブラック企業と評価され、人材確保が困難となるだけでなく、社会的信用の低下、売上低下のおそれがあります。

本来、求人広告・求人票の内容は雇用契約上の労働条件とはなりませんが、不適切な求人が法的責任、社会的責任を負うケースがあります。

こちらの記事はBuisinessJournalに取り上げて頂きました。
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