労働法務ニュース

ひげを生やしていたことを理由として人事評価を下げられたことが憲法で保障されている人格権に違反しているとして、慰謝料請求訴訟の提起がなされていたことが、諸報道で明らかにされました。この会社では、お客様への好感度に配慮して、ひげを生やすことを会社の規則内で禁止していたようです。

「ひげを生やすこと」は個人の自由に属することなのか、それとも、会社内では企業秩序を守るために会社が制限できる事柄なのかが、今後裁判で争いとなります。

職場ルールが優先するか、個人の人格権が優先するかという問題は、「ひげを生やす」という行為だけではなく、労働者のプライベート生活と職業生活の調和という根本的な問題に関係するもので、労働者個人の意思を尊重するかどうかが問題となるすべての労働問題に影響するものです。

人の見た目は「個人の自由」が原則

まず、見た目をどのように整えるか、もしくは整えないかについては、私生活においては個人の自由であるのが原則です。

これは、憲法上補償されている人格権のうちの、自己決定権といった権利に属する権利として保障されるものです(憲法13条)。この点は、ひげを含む見た目全般に当てはまることであり、私生活の領域においては「個人の自由である」ということとなります。

しかしながら、職場で企業秩序を保ちながら多数の従業員が同じ場所で労働をするにあたっては、企業秩序の維持のための一定のルールがあることは当然であり、雇用関係にある以上、従業員は会社の作ったルールが合理的である限り、これに従わなければなりません。

会社は従業員の見た目をどの程度制限できるか

職場の規律保持、企業秩序の維持のため、労働者の見た目をどの程度制限できるかは、次のような事情によってケースバイケースで検討しなければならない問題といえます。

  

  • 御社の業種、業界慣行
  • 御社に対して社会一般が期待するイメージ
  • 当該労働者の職種
  • 特に、当該労働者が接客を担当する職種であるかどうか

そして、企業秩序の維持という正当な目的のためであれば、一定程度「個人の自由」の領域にある事柄について会社がルールを作って制限することができます。

しかしながら、その程度は、企業秩序の維持、業務の円滑な運営という正当な目的に対して、必要な限度でなければなりません。業務遂行に不必要なほど過度に労働者の人格権を侵害する会社のルールは、違法となる可能性が高いものといえます。

したがって、就業規則などの会社の諸規程で、「個人の自由」に属する事柄を制限する場合には、その理由が企業秩序維持、職場の円滑な運営といった正当な目的によるものであるかどうか、そして、その制限がなぜその目的に対して有効であるのかを、合理的な理由をもって説明できるよう事前準備をしておかなければなりません。

会社が従業員の自由を制限するための手法

では、企業秩序維持、職場の円滑な運営という正当な目的のために必要最小限度の制限であるという理由づけがしっかりと会社内で整った場合、これをどのようにルール作りをし、労働者に周知・徹底していけばよいのでしょうか。

就業規則に禁止行為を定める

まず、原則としては個人の自由である事柄に制限を加えるわけですから、後々に不意打ちとならないよう、労働者に対して周知徹底し、約束を交わしておく必要があります。

複数の労働者が働く職場に対し、一律のルールを課す場合には、就業規則に定めを置くことによって一律の規制であることを示し、周知徹底を図ることが効率的でしょう。

したがって、禁止である旨を就業規則に定めた場合には、すべての労働者に適切な方法で周知しておかなければなりません。なお、法律上適切な就業規則の周知方法は、別の記事で解説します(準備中)。

懲戒処分の理由とする

禁止行為に違反した場合には、職場の秩序を乱したということとなりますから、懲戒処分とすることを検討すべきです。この場合、懲戒処分を行うにあたっては、懲戒処分の理由と、行うべき懲戒処分の内容を就業規則もしくは雇用契約書に定めておく必要があります。

したがって、就業規則において、禁止行為を定めるとともに、これに違反した場合には一定の懲戒処分とする可能性があることを規定しておくとよいでしょう。

人事評価に反映させる

禁止行為に違反した場合には、その禁止行為の定めが合理的である限り、その従業員は「問題社員」であるということとなりますし、注意指導をしても改善がない場合には、「正当な業務命令に違反した」ということになりますから、人事評価を下げることを検討すべきです。

人事評価においてどのような要素を考慮するかについては、就業規則に定めておく必要はなく、総合考慮によって評価・判断して構いません。とはいえ、原則としては個人の自由に委ねられている事柄ですから、禁止行為であることを事前に伝えていないにもかかわらず人事評価の要素とすることには問題があります。

したがって、人事評価に反映させるという場合にも、不意打ちにならないよう、あらかじめ労働者に対して、人事評価の手法や考慮要素を開示するという形で周知徹底しておくとよいでしょう。

ひげ禁止で解雇は無効とした判決

イースタンエアポートモータース事件(東京地裁昭和55年12月15日判決)では、ひげを禁止している会社が、ひげを生やしていた社員を解雇したところ、訴訟の結果、判決で「ひげを理由とした解雇は無効である」との判断が下された事件です。

この判決では、「ひげ禁止」という会社の規程を限定的に解釈し、不快感を与えるような無精ひげであるとか、奇異なひげを禁止することは問題ないが、ごく一般的な整えられたひげを禁止することは違法であると判断されました。

この判決で問題となった労働者はハイヤーの運転手であり、ハイヤーの運転手に対しては端正で小奇麗な見た目を要求するのが社会一般の考え方であることから、このような限定的な解釈をしてでも禁止規程を一部有効としたのだと考えられます。

まとめ

以上のことから、雇用契約を締結している場合には、労働者に対して「働くこと」という労働契約上の債務を履行させることは当然のことながら、その労働を円滑に進めるために、一定程度私生活上の自由に制約を課することも可能であるとされます。

しかしながら、人格権に属する事項については、個人の自由であることが原則ですから、その禁止には合理的な理由が必要であり、御社の業種や当該労働者の職種に根差した適切な理由をあらかじめ準備しておく必要があるといえるでしょう。

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