労災特別加入海外

労災保険は、労働基準法上の使用者の災害補償の責任を、保険によってカバーするために設けられた制度ですが、労災保険で保護される労働者の範囲には一定の制限があります。

これに対して、労災保険の保護を例外的に受けるべきとされる一定の類型に対しては、特別加入の制度が設けられており、労災特別加入の制度を利用することによって、例外的に労災保険の保護を受けることが可能となります。

この労災特別加入の一つの類型に、海外派遣者の特別加入制度があります。

海外派遣とみなされる場合には、労災特別加入制度を利用していない限り、労働者は労災保険の保護を受けることができませんが、一方で、海外出張とみなされる場合には、労災特別加入制度を利用してなくても労働者は労災保険の保護を受けることができることとなっています。

そのため、海外出張と海外派遣の違い、その判断の際の考慮要素が問題となります。

労災特別加入制度とは?

労災保険の制度は、労働基準法上課された使用者の災害補償の義務について、保険によってカバーするための制度です。そのため、労災保険の対象者は、労働基準法に定める「労働者」と同範囲となります。

しかしながら、労働者以外の一定の範囲の者についても労災保険の保護の対象とすべきであるとの考え方から、労働者以外の者や、本来労災保険の適用がないものについても、労災保険の特別加入制度を利用することによって、労災保険の保護を受けることができます。特別加入制度は、任意の加入です。

労災保険の特別加入制度は、労働者以外の一定の者について、どのような理由で労災保険の保護を受けるべきかにより、次の類型に分類されます。

労働者に準じて保護する必要があると考えられる場合

  • 中小企業主
  • 一人親方
  • 特定作業への従事者

属地主義の例外として保護する必要があると考えられる場合

  • 海外派遣者

労災保険への特別加入を希望する場合には、特別加入申請書を、管轄の労働基準監督署を通じて都道府県労働局長に提出し、その承認を受ける必要があります。

「海外派遣」か「海外出張」かによる違い

「海外派遣」は、海外の事業場に所属し、海外事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者です。「海外派遣」と判断される場合には、労災保険の特別加入を利用していなければ、労災保険による保護を受けることができません。

「海外出張」は、単に労働の提供の場所が海外にあるに過ぎず、国内の事業場に所属し、国内事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者です。「海外出張」と判断される場合には、労災保険の特別加入を行わなくても、労災保険による保護を受けることが可能です。

一般的には、海外への訪問の目的として、商談、打合せ、調査などの場合には海外出張、海外支店への配転、出向、転勤などの場合には海外派遣といわれますが、一概には言えません。

特別加入制度のしおりによれば、海外派遣、海外出張は、次のような活動内容が例示されています。

海外出張の例

  • 商談
  • 技術・仕様などの打ち合わせ
  • 市場調査・会議・視察・見学
  • アフターサービス
  • 現地での突発的なトラブル対処
  • 技術習得などのために海外に赴く場合

海外派遣の例

  • 海外関連会社(現地法人、合弁会社、提携先 企業など)へ出向する場合
  • 海外支店、営業所などへ転勤する場合
  • 海外で行う据付工事・建設工事(有期事業)に従事する場合
  • 統括責任者、工事監督者、一般作業員などとして派遣される場合

行政解釈によれば、海外出張と海外派遣との違いは、次の通り判断されます。

「海外出張者として保護を与えられるのか、海外派遣者として特別加入しなければ保護が与えられないのかは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務するのか、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務することになるのかという点からその勤務の実態を総合的に勘案して判定されるべきものである。」

昭和52年3月30日 基発第192号

これによれば、海外出張であるか海外派遣であるかは、海外での作業従事の時間の長短によって必ずしも判断されるわけではなく、どの事業場に所属し、誰の指揮命令に従って業務を行っていたかを中心に、総合的に判断されるということになります。

すなわち、指揮命令関係、国内使用者であるか海外使用者であるかが区別の要素として考慮されていることは明記されているものの、滞在期間の長短については、区別の要素とはされていません。

したがって、行政解釈に従えば、指揮命令関係、労働の実態が重要な考慮要素となります。

安全配慮義務は変わらず責任を負う可能性

以上の「海外派遣」か「海外出張」かによって結論が異なるのは、あくまでも労働者が労災保険の保護を受けることができるかどうか、であって、使用者が安全配慮義務違反の責任を負うかどうかは別問題です。

安全配慮義務違反は、出張か派遣かの別はもちろん、労働契約が存在するか否かにすらよらず、指揮監督の関係にあれば責任を負う可能性のあるものです。

したがって、海外派遣であれ海外出張であれ、労働者の労働時間を監理し、その労働を指揮監督していたのであれば、安全配慮義務違反による損害賠償の責任を負う可能性があります。

この場合、労災保険の適用を受けるか否かによっては、労災保険の適用を受けるのであれば労災保険によって労働者が保護を受けた分については損益相殺により使用者が損害賠償責任を免れる、という範囲でのみ意味があるだけで、いずれにせよ会社は安全配慮義務違反の責任から逃れられません。

海外出張者、海外派遣者への会社の適切な対応は?

以上の海外出張、海外派遣の区別の基準と、安全配慮義務違反の民事上の責任から、海外出張、海外派遣を労働者に指示する際の会社の適切な対応は、次のように考えます。

海外出張と海外派遣の区別については、裁判例においても、東京地裁と東京高裁の判断が分かれて逆転判決となった例が近時ありましたので、困難な判断であることを前提に、リスクを軽減する対応が必要です。

東京地裁と東京高裁の判断が分かれたポイントとしては、その判断基準の違いにあり、東京地裁が海外法人の独立性を重視したことに対し、東京高裁は指揮命令の実態を重視しました。

行政解釈に従えば、指揮命令の実態を重視した東京高裁の判断が今後重視される可能性が高いものの、最高裁による決着がついていないことから、この後、事案の異なるケースで、海外出張、海外派遣のいずれと判断されるかは、いまだ予測のつきづらい状況です。

労災保険に特別加入させる

海外出張であるか海外派遣であるかの区別は非常に微妙であり専門的な法律判断となることから、事前にこれを判断して適切な対応をとることは困難です。

いずれと判断された場合であっても安全配慮義務違反による損害賠償責任を逃れられない可能性があるとすれば、念のために、労災保険の特別加入手続きを行っておくべきでしょう。

特別加入手続きをとらずに労災事故が起こった結果、労働基準監督署長が労災保険の不支給決定を行ったとすると、その損害の全額を、使用者が安全配慮義務違反に基づき損害賠償しなければならないおそれがあります。

特に、労働者が、労災保険の特別加入手続による救済を受けられないことによって何らの救済も得られないのは妥当でないと判断される場合には、使用者の責任が重く判断される危険はますます高まります。

できる限り海外出張と判断されるように配慮する

とはいえ、海外出張と判断されるケースであれば、労災保険の特別加入手続きを行っていなかったとしても労働者は労災保険の保護を受けることができるわけです。

ですから、特別加入の手続を行わないのであれば、できる限り、行政解釈や裁判例に照らして、海外出張と判断されやすいように配慮することが必要です。

次の要素が、行政解釈や裁判例で、海外出張と判断される要素として指摘されています。

  • 所属・地位を、国内就労のときのままとすること
  • 業務に関する大きな決定権限を与えないこと
  • 内部処理を長期出張とすること
  • 人件費を国内で負担すること
  • 業務管理を国内で行うこと(報告書、勤怠の提出等)
  • 業務に大きな変化を与えないこと
  • 国内における労災保険料の支払いを継続すること

とはいえ、これらを全て満たしたとしても、総合考慮の結果、海外派遣と判断されるリスクはあります。

裁判例は事例判断ですから、そのような判断が下った際に会社の負担が大きくならないよう、特別加入を念のため行っておくべきでしょう。

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